回答(17)
1.

絶対化するからこそ、争いが起こるんですからね。
神という存在も、そう考えると気の毒なものに思えてきます。
2.

サンタクロースみたいなものですね。
信じるものは救われるのではなく、信じるものの中にあるだけ。
己を救うのは突き詰めれば自分ですね。
3.

そうでなければお宝叩いて年賀に行ってる
意味が無くなるから。
人に奉仕をしとけば帰ってくるというし。
不幸にあっても此れだけで済んだとも云えるし。
情けは人の為ならず。
信じる信じないに拘わらず、人を大事にしたいですね。
4.

でも全知全能の神はキリストも含めてうさんくさいので信じません。
いいことがあった時だけ神のおかげで、悪いことがあれば悪魔のせいにしたり神の試練だったり。それはいんちきだと思うから。
話は違いますが、敗因を選手のせいにして、勝因を自分のおかげにする監督のチームは強くないですよね。
それと同じかもしれません。
5.

おお、紙(神)よ!我を救いたまえ!!
6.

一神教の類は、大嫌いですが。宗教全般を否定する者ではありません。
万物には、神(気?)が宿り、太古の昔より人とはそれらとともに生きてきたのです。
神とは、決して「人」に都合のよい存在ではなく、ましてや、「人」にあだなす存在でもありません。ただ、そこにあるだけのものです。
物を大事にしようという心、もったいないの精神から神は生まれたのかもしれませんね。
だとしたら、現代は神のジェノサイド時代ということになるでしょうか。
7.

私も信じてはいません。
ですが、信仰によって、悩んでいる人が救われるケースがあることも事実ではあるので、全否定する気もありません。
foissotte さんと同様気休め程度と私は考えています
(一票いれておきました)
信じるも自由、信じないも自由。
相手に押し付けるのは、相手を否定することでもありますからね。
8.

試練を乗り越えるたび強くなる!
気休めというよりも、カッコイイですね。
9.

私は、その存在は人間がつくりだしたものという感じがします。
人ではない何か特別なものを信じたい気持ちがつくりだしたものと考えます。
物事は様々な事象の作用により起こるものと思いますが、それを人ではない何かが起こしたものと信じたい時に使われるように思います。
また、人の心を救うのはその人自身の持つ力だと思いますが、それでも自分ではない他の存在の力を信じたい時にも使われるのかもしれません。
祈るのも救うのも、自分自身にするよりは、人を超越した存在を信じて、そちらにする方が良いと考えるから必要なのかなとも思います。
幸も不幸も善も悪も、全て自分の心の持ちようなのではと最近考えるようになりました。
私はその存在を全否定はしませんが、完全肯定も出来ないと思っています。
気休めというのが一番当てはまると思います。
妖怪や幽霊も人の「恐れ」から生まれると言われますね。
実際、自然の猛威の前では人間と言う存在は無力ですし、恐怖はいつも身近にあるものなので、それらから守ってくれる存在として「神」が生まれたとも言えるかもしれません。
大事にしようとする気持ちも、大事にしないとバチが当たるという気持ちの裏返しでしょうし。
映画の『陰陽師』で安倍清明が「人は心一つで仏にも鬼にもなる」と言ってましたが、その通りなんでしょうね。
10.

私は仕事で滞在中のメソポタミア砂漠、(イラク)で神の強い臨在体験とその後の問題からの救いを得ました。それでその神を信じて、膝と膝、顔と顔をつき合わすように、人格的なふれあいを経験しています。 宜しければ、私のブログを観てくださると
神概念も解るかも知れないですね。
自分が何を信じるかですか。
確かに、受験で成功したとき、お祈りをした神様のおかげとも思いましたからね。
ありがとうございます。
ブログも拝見して勉強いたします。
11.

神様もひとりぼっちちゃ寂しいですよね。
それに、一人だけだったら願いが多すぎて過労で倒れてしまいます。
ただ、願いごとの数だけいるとすれば、かなえられないものもあるのを見るにつけ、神様にもサボリ虫がたくさんいるってことになりますねw
そう考えると、神様も自分達と同じだと思えてきますね。
12.

美しい日本人を作ろうとしている人がいますけど、祭り好きな面は見てるんでしょうかね。
年中お祭りどんちゃん騒ぎ好きな日本人だったら、私は大歓迎です。
13.

そう考えると、神を信じたくなくなりますよね。
でも、実はそうではないんです。
神を信じるかどうかが問題ではないんです。
問題なのは、「どんな神を信じるか。」なんです。
人々が、もっと幸せになる「神」って、きっといると思いませんか。
だって、みんな一度や二度は、神様に感謝するようなことって、経験したことありませんか???
重要なのは神そのものではなく何を信じるか…ですね。
信心深くはないですが、何度も「神」に感謝したことあります。
一番はやはり受験に成功したときですね。
14.

困ったときの神頼み。
どうしようもないときは運を天に任せましょうと言いますね。
15.

ごもっともー!!
16.

これといって特定はしてません。
漠然と、神を信じてるかという問いなので。
17.

よく「おぉ、神が現われた」とつぶやくことがありますが
ココで言ってるのは、オカルトチックな神のことですかね
いるのかいないのかは、よく分かりませんが
どちらかといえば、「存在する」と考えたほうが妥当だと思います
多くの人間が信じているものを一概に否定するのはよくありません
きっと、すがりつくに値する存在がその人には感じられるのでしょうし
それに居ないことを証明するには
いる可能性をすべて否定しなければならないので
ほぼ証明は出来ないでしょうからね
いないことを証明するのはほぼ不可能…
だから、いる。
言われて見れば、そういう考え方もありますね。
コメント(3)
ベターありがとうございます。(*^_^*)
「陰陽師」は大好きなので、考え方に影響を受けていると思います。(^^)
あと、漫画ですが「シャーマンキング」や「仏ゾーン」なども好きで、心の在り方とか、思いの持つ力とか、そういうものが大事だと思うようになったのです。
奇跡とか、人智を超えたもの(自然)に対しての畏敬の気持ちとかもやはりありますよね。
えらそうに言っても、困った時には神頼みもしますし、感謝もする中途半端な人間です…。(^^ゞ
たくさんの回答ありがとうございました。
神と一口に言っても、人それぞれの中で違っているのですよね。
自分の神だけが正しいというのは、自分だけが正しいと言っているようなもの。
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