神だの天国だの地獄だの天使だの悪魔だの運命だの奇跡だのと、非科学的なものを信じる根拠は何ですか?
神だの天国だの地獄だの天使だの悪魔だの運命だの奇跡だのと、非科学的なものを信じる根拠は何ですか?よしんばそれが聖書だとして、それが絶対的に正しいとする合理的根拠は何ですか?
ちなみに私は理にかなわないと判断されるものは一切信じない主義です。上に列挙したものは全て信じてません。
回答(14)
1.
でも聖書とか宗教的な意味ではありません。
ただ、「それらのものが存在しない」ということも科学的に"証明できない"からです。
現在そういう存在が証明できなくても今後証明されるかもしれないし、やっぱりないかもしれない。
わからないならあるかもしれないという理論です。(そこは個人的な推測ですが)
例えば昔の人は、科学でそれ以上細かいものなんてありえないと「原子」と名付けましたが実際はそれよりももっと小さい構成物質が発見されてしました。
逆に、将来的に考えてタイムマシーンが仮にできたとしたら「運命」というものは存在するのではないでしょうか。
だから今は非科学的なことが将来は科学的に証明されるかもしれません。結局ないかもしれませんが、「わからない」としか私には言えないと思ったからです。
それ以前に、科学の歴史をご存知でしょうか?
"非科学的なもの"といいますが、そもそも科学は宗教と密接だった時代があります。
この地球・人間・動物・物理法則・宇宙etc.…全てが神が創ったものであり、その神のことを知りたいという探究心から「ではその法則をみつけよう」と科学の研究に盛んに向けられたのです。
ということは、科学も結局は宗教の道具だったのですよ。
ならば目に見える世界は科学で証明して、それ以外に目に見えない世界としてそういう宗教的なものがあったとしてもおかしくないのではないでしょうか。
ただ質問の答としては"絶対に正しい"合理的な根拠がないので答えになっていませんが^^;
逆に言えば、非科学的とすることが"絶対的に正しい"かどうかは疑問だったので書かせてもらいました。
2.
遺伝子でも最近証明されました。
天体でも宇宙でも人間が証明されたのは、ほんのわずか0.0001%に過ぎません。天体でも太陽の惑星でさえわからないのですよ。
人間を中心にして小さい目に見えない、ミクロの世界、原子の世界もまだ原子よりまだわからないものだらけですね、
人間が科学で証明できないものが、神だの天国だの地獄だの天使だの悪魔だの運命でありますよ。
たとえば人間目は昔は1000m先の文字が読めましたね、退化してきたものです、医学でも5000年前脳の手術しても痛くなく感単に竹の針で麻酔の変わりに眼開けてやっていました?
不思議なこと沢山ありますね。
これから先解明されますよ。
神は自分の心の中におられます。
心理学 精神学 天文学 妄想学 原子学 霊学
易学 透視学 遺伝学 細菌学 、、、、、沢山の学問がありますね、、、研究者が余りいません?
学校でも勉強しませんね。
数学も最近0がインドで発見され、2進法でコンピュウターができましたね、ほんの最近ですよ。
最近植物とお話ができるようになりましたね。
証明されるときが来ます、、、人間の性格ですよ、、、信じるも信じないも自分の心の中にありますね。
世界何処でも神 仏 日本の神社 仏閣どれだけありますか、、、3歩歩けば地蔵さん石碑ありますよ。年がたてば成長されたら死に直面されたら、気持ちが変わるかもね。
3.
一つには、非合理だと説明することができないからです。たとえば、神がいないと証明できない。
一つには、人は弱いものだからです。信じることは信じた以外のことは信じないことでもある。道を示されることで楽になる人が多いと思うのです。
わたしは?
いまのところ、信じていません。
4.
一生懸命がんばれるとか正しく生きようとするならそれは極めて合理的です。
「そんなことするとバチがあたるよ。」
・・・・とっても非科学的で合理的なことばです。
神の存在を前提とすると説明しやすくなることがたくさんあります。
もちろんその宗教でさえ戦争の火種になるのですから、宗教=正しいとはいえませんね。
5.
【「特殊相対性理論(special relativity)】
『運動している物体の速度は、静止している人が見た場合と一定速度で走っている車の中からみた場合では、当然、異なって見える。ところが光の速度は、静止している人が測定しても、走っている車の中で測定しても、まったく同じである。この矛盾を解決するため、アインシュタインは、1905年に発表した特殊相対(性理)論で、われわれが無反省に使っている時間や長さの概念を、根本的に変えなければならないことを示した。
すなわち、静止している人にとっての時間や長さと、走っている人にとっての時間や長さは、別のものだというものである。これから、多くの一見奇妙な結論が導かれたが、それらはすべて実験で確かめられた。その中では、反応の前後で物質の質量(重さ)が減少すると、その分だけ運動エネルギーは増加するという、質量とエネルギーの同等性が、特に有名である。
現在では、特殊相対論は物理学者の言語の一部となっている。』
科学で証明されないことを否定する姿勢は間違いです。
また、科学で証明されていないことを宗教、あるいは神秘に結びつけるのも間違いです。
6.
Libertàさんにとっての科学が、ある人にはそれが宗教だったりするだけです。
要するに心の問題です。
小さなところからいけば、同じ人間。大きなところからいけば「自然」と、身の回りには自分を命の危険にさらすようなものがたくさんあります。
人々はそれに意識的にせよ無意識的にせよ「恐れ」を抱き、それを「合理的」に理解しようとします。
そこで生まれてきたのが宗教や科学といったものです。
結局のところ、どれを信じるか信じないかであって、科学も宗教もそう大差はないと思われます。
また、今は科学的だとして「真実」だとされていたとしても、後に同じ科学的な方法で否定されることだってあります(ゲーム脳とか…)
信じる信じないは別にして、そういうものがあるんだというくらいには思っておいたほうがいいとは思います。
科学的なものを同じ科学的な手法で覆している本としてはパオロ・マッツァリーノ氏の書いている
『反社会学講座』(
『反社会学の不埒な研究報告』( )
が面白いので挙げておきますw
改定前の本の内容だけでしたら、こちらのページで読めます。
↓
7.
ただ信じる人がいる人は、やっぱり頼りたくなるんじゃないでしょうか?
自分・家族・友達・恋人になんか今現在あった中で。
とにかく「すがりたい!」気持ちで精一杯だと思います。
でも、私はそんな事は嫌いです。
結局は何でも自分次第って分りました。。
こんな回答ですいませんペコリ(o_ _)o))
8.
一つは神や悪魔など宗教は人の心のより所になっていると言う事です.人間が一人またそれ以上が集まって生活する以上なんらかの芯となるものが無いと精神的にも安定しないようです.この辺は宗教とは何かなど話が大きくなってしまうので細かく書きませんが.
もう一つは神秘的なものは非科学と呼ばれますが,この部分,実は科学ではまだ解明できていない部分と考える事ができます.まだ世の中には人間が気付いているだけでも科学では説明の付かない部分が多くあります.現在の科学はまだ幼稚なのかもしれません.
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コメント(3)
非科学的だからといって否定するのはおかしいですね。
まだ、科学的に証明できていないだけで どうなのかは わかりませんから。
この世の中には 科学で証明できないものが やまほどあります。
だけどそれを 信じないとは 言わないと思いますよ。
信じるってのは 非科学的な行動だね。
神も地獄も天使も悪魔もその内科学の力で創れるかもしれません。
その存在が今のところ確証が得られないからといって非科学的存在であると断じるのは非科学的な態度です。
運命については決定的ではないというのは、すでに科学的に明かです。
聖書は正直に言って間違いだらけです。
しかし信じる人はその記述の正誤によって信じるのではなくただ信じることが強制されます。それが信仰というモノです。



