聖徳太子伝説について
聖徳太子は一度になんども人の話を聞き分けたとか、隠れキリシタンだとか、いろんな伝説がありますが本当だと思いますか?また、今教科書で名前が変わったと聞きましたが
どういう理由でしょうか。
回答(3)
3.

文字が日本になく言葉で伝えられたことなので、本当の本当はわからないが 正解ですね。
5.

本名が厩戸(うまやと)で、厩戸の前で出産したことによるとの伝説がありますが、彼の生誕地の近辺に厩戸(うまやと)という地名があり、そこから名付けられたという説が有力とのことです。
このように、呼び方が変わったのは、従来の「聖徳太子」という呼び方は、後世になってつけられた尊称であるため「本名に変更する」ことにしたためです。
仏教の伝来は宣化三年(538年)と聖徳太子の生まれる少し前ですが、キリスト教の伝来はずっと遅く天文18年(1549年)、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが薩摩に上陸して伝えたものです。従って、聖徳太子が隠れキリシタンであったということはあり得ません。
しかし、一度に何人もの話を聞き分けたという話は、これは有能な人だったから本当だったのだろうと思います。何人もの人を相手に話を聞き仕事をされたのでしょう。今でも有名な碁打ちや将棋指しは10人ぐらいの素人を相手にやったりできますよ。
6.

こどもの社会の参考書なんか読んでるとわたしが小学校・中学校に習ったことと随分変更されてます。
歴史的な事実はその都度かわるようです。
仁徳天皇陵とはいわないようですし、足利尊氏像とされてきたものは他の武将の絵であったり、和同開珎は日本最初の貨幣でなくなってたり・・・・
なるべく事実にそったものに文科省がその都度見直している結果でしょう。あくまで想像ですが、おそらく彼は天皇ではなかったので諡号で呼ぶのは適切でないと判断したのではないでしょうか???
聖徳太子にまつわるエピソードは事実ではないとわかりますが、彼の存在そのものを疑問視するくらいの意見がありますから全く不思議な魅惑的な人物です。
お札の肖像にもなった方ですからいまさら厩戸皇子と聖徳太子は別の人物であったということになるとたいへんなことになります。
コメント(8)
聖徳太子がキリシタンだった・・・。おもしろいジョークですね。初めて聞きました。かれはゴリゴリの仏教徒と言われてますからね。当時はかなり「カルト」だったのではないでしょうか?日本の歴史上最大のヒールかもしれない蘇我氏にも近くて当時の神道信奉者を迫害したのではないかな、と想像します。
すごい。。
いやー、またまた、残念!私の得意分野なのに!
★100%の断定は出来ませんが、本物の専門家・研究家と私が認めている人達の主張をまとめれば、こうなります!
NO1,時の為政者(藤原氏)が架空の人物を仏教擁護のために作り上げた。
NO2,実在のそれらしき人物は居たが、藤原氏に依って古代神道派なのに、仏教信徒に改ざんされ伝記として残った。
★そして、回答されてる皆さんは、所謂アカデミズムの誤った一般論を踏襲されているだけですね。気に障ったら御免なさい!でも事実なのでしょうがないのですが、根本的に記紀の作成者は誰か?編纂指示は一応天皇命ですが、黒幕の長期的な意図を読み込まなければなりません!そして、記紀同士の中にある同じシームを扱った部分に大きな矛盾が昔から指摘されています。
!
PART2
NO3,聖徳太子の存在については、上記に述べた通りですが、皆さんは大変申し訳ないのですが、あまりにも日本神道に関する知識が無いので、”おもしろいジョークですね!”等のマイナーなコメントで終ってしまい先に進めません。日本の神様は分析・分類・統合して行きますと一つの神様と、一つの神様は3つのお顔・スタイルを持っていらっしゃいます!こんなの私の周りでは常識なのですが、信用出来なければ、どうぞお近くの官幣大社等で御聞き下さい!
NO4,そして、それはジュースか原始キリスト教徒の可能性は十分にあります。どうぞ、おもっいきりお調べ下さい
PART3
★蘇我氏が日本最大のヒール?と思っている方は多いですね!御馬鹿な歴史認識に基ずく歴史観を幼い頃から刷り込まれましたもんね!最近は東大・京大の学閥の中からと、とろいNHK等もやっとその認識から脱却し始めています。最近は、鎌足=百済王子のクーデターによる政権奪取の絵図だという認識が定着し始めていますね。加えて、四天王寺や法隆寺の前伽藍配置等の問題や蘇我氏を敬う地域住民の歌や主張の解釈に当たって、そう解釈すると辻褄があってくるのです。そして、藤原は日本の民衆には嫌われていた事実も理解出来るわけですね。難しいですか?もの凄く簡単に説明させていただきましたが!?どうぞ、疑問にお思いの方はお調べ下さい!
K´さん、最近の日本の歴史解釈は、随分変化して来ています。
小・中・高等レベルでの知識に基ずく解釈を、”凄い”とは一体どう解釈すれば、そんな幼稚な解釈に納得できるのですか?おっと、之以上の発言は言いすぎかな。控えましょう。でも、最近はいい本と最新の分析・情報による・若手の研究者の素晴らしい成果がどんどん表面に現れて来ています。あなたが、望めば得られます。どうぞ、望んで下さい!
野見宿弥さん、興味深いご意見です。
歴史の教科書については宮内庁やら宗教やら文科省以外の意思もはたらき事実がゆがめられるようです。所謂アカデミズムの誤った一般論しかはいってきません。
もちろん蘇我氏が悪役、鎌足は善人などと思っているわけではないですよ。
歴史は殺し合いの上の勝者の歴史ですから。
井沢元彦の本なんかもよく読むのですが、歴史はなにが正解か判断しにくいですね。学術関係の論文をさがすのも大変なのでよみやすい本があれば教えてください。
確かに神道に関する情報や歴史における神道の役割は学校で語られないですね。
ところで野見宿弥さんは聖徳太子の存在に関してどのようにお考えですか?
是非ご意見を賜りたいです。
早く閉じすぎましたね、これは




