回答(7)
1.

フリーターに問題があるとは思いません。ちなみに、正社員になれず仕方なくフリーターになってる人もいますが、それは社会が問題だと思います。
早速の「ご回答」、有難う御座いました。
そこで、いったい、「どうしたら、いいのでしょう?」
あるいは、国の取り組みは、行政の取り組みは?
2.

子は親の背中を観て育ちます。親がいい加減だから。そして甘やかし。
今から50年前には居なかった人種です。
どんな理由が有るかは知りませんが親の教育がただ単に悪い。それに甘え。
3.

大学入試の勉強だけできれば終わり。あとの四年間は無駄です。逆に馬鹿になります。
企業は中途半端な知識は教えてくれるなと大学に言うと聞きました。
それは、仰るとおり、だと、思いますが、
だからと言って、このまま、ニートやひきこもりやフリーター、或は、そういう問題は、もう、看過できないところまで、来ているのでは?
4.

少なくともニートと呼ばれる人は
「勤労の義務」に反していると思うし
そして働かない事による
「納税の義務」もいくらかは損なっているとは思います。
なるほど、ですね。
ご回答、有難う御座いました。
5.

・この内、「ひきこもり」の数は約32万人、
・「ニート」と呼ばれる人たちが約85万人、
・残りが「フリーター又は失業者」で約96万人
(別資料では、34歳以上も含めたフリーターは全国で120万ー200万人)、
といったところのようです。
そこで、フリーターとニートとひきこもりは一体何が違うんだということが問題ですが、一番のキーポイントは「対人不安の状態」が全然違うそうです。勿論、こういったところが社会で生きていくうえで問題になります。
ある方のご説明では、
『簡単に言えば、ひきこもりというのは対人不安が強過ぎて家族ぐらいしかしゃべれない。ニートの若者達はもう少し軽く、コンビニの店員とはしゃべれるとか、他に本屋さんの店員とはしゃべれるとか、もしくは近所のおばちゃんと軽く挨拶ぐらいは交わせるというような若者です。それを超えると、一応アルバイトはできるという意味でフリーターとしています。
相談の内容にしても、ひきこもりの方は心の悩みとかが多く、仕事の話は初めはほとんど出てきません。いかに自分が辛かったか、いじめに遭いましたとか、あとはどうやって心の闇から抜けていくかというようなあくまでも心の問題であって、労働の話というのはほとんど聞きません』
とのこと。社会で他人と一緒に仕事をしていく上では、「ひきこもり、ニート、フリーターの順に」対人関係を作れないという深刻な問題がある言えます。
詳しくは、次の資料が参考になりますのでご参照下さい。
6.

40代50代でようやく芽が出て金持ちになった人もいます。
(その場合サラリーマンではなく役者や作家みたいな職業が多い気がします)
彼らは長年試行錯誤してきただけあって若くしてデビューした人よりスキがない事が多いです。
アルバイトはだめでしょう。
一時間で千円前後もらっても生活するのがやっとでそれ以上にはなれません。
しかも生活するには長時間働かないといけないので上に書いたような挑戦もできません。
ちなみに私はパチプロ生活をしてた時期があります。
月の収支に平均はありませんが最も低かったのが42万円です。
それでは社会的な信用がないから今は働いてますがパチンコも続けてます。
月に10万から20万円はプラスになってるので給料と合わせたらけっこうな額です。
「バイトするぐらいならパチンコを!」と言いたいところですが技術がなかったら勝てないので薦められません。
(パチンコに運や引きは関係ありません)
攻略法なんて全部詐欺なので絶対に手を出さないように。
7.

多くのニートたちがでていました。彼らも仕事をすごくしたい。と思っているようでした。勤労意欲はあるんだと思いました。
しかし、テレビの中の彼らは、仕事の初日から遅刻をする、勝手に仕事を半ドンにする等々、予想外の行動にでます。
「仕事をする」上で一番したらいけないことを真っ先にやっちゃうんです。
あまりにこういう人が多いので・・・それでも彼らを非と言ってはいけないのではないか?と見方を変えてみました。
「これは悪いこと」という意識が彼らになければ、「悪いことだ」と教えてあげなくてはいけない、その上で同様の結果であれば、初めて「非」は個人にあるのだと。
・・・支援者は、まず早くおきましょう。とか、おきたら顔をあらいましょう。とか、そういうレベルの支援をする。
信じられないですが、その支援を得たことで幾人かは定職を見つけるのです。
つまり、彼らは、そういう基本的な生活習慣であったり慣習であったりということについての知識や意識がないんです。それさえ身につけてしまえば、逆に定職が見つかるんですよ。
ということは、いくら職業訓練に金を落としたところで、あんまり効果はないでしょう。そして、支援にも限界がありそうです。
「頭で理解させる」ということには、限界がある。ということをもう少し世の中全体が知るべきです。
なぜ朝早く起きなくてはいけないのか。顔を洗うのか。ということに、明確な理由などありません。
なぜ仕事をしなくてはいけないか?
ということにも実は明確な理由などないのです。
理由がないものに、大人や社会が理由をつけて教えようとするから、わからなくなるんじゃないんかなぁ??と思うんです。
「やらなきゃいけないからやれ!」
ってことは必ずあって、おしなべて教育の基本はそういう「問答無用の掟」をたたきこむことだと思うんです。
抜本的に見直すべきは初等教育でしょう。むろん家庭での教育が如何に大事かを示してくれた、いいテレビ番組でした。
成る程、ですね。
「彼ら」は、「何も」教わっていない、教わって来なかった、と。
つまり、「長男・長女」の「時代」の「申し子」たち、は。
そして、「核家族」、「共働き」で、「家には、誰も居ない、自分ひとりしか、いない。 だから、何をやっても『自由』だし、『怒られない』し、また、TV・ドラマ・映画・漫画・ゲームと、好き勝手な事をして、自分の頭で「考える事」を、「放棄」している、そして、その「放棄している」という、「感覚」すらない、と。
相変らずの「ご卓見」、参考になりました。
以前、若者の「討論番組」みたいなやつで、1人の高校生の女の子が、他のメンバーに、聞くのですよ、真剣に、いやぁ、びっくりしました。
何を、聞いたかというと、
「どうして、自殺しては、いけないの?」ですよ。
これって、こういう「こと」って、われわれは、「疑問」に、思いました?


