回答(9)
4.

私も、自信のない単位をとる為だった気がします。
ところが、ゼミに「国際法」参加するようになり、各人テーマを出されて、発表するようになり、当時は学生運動も盛んな時期で、本気で討論するようになり、俄然かわりました。
教授の人柄もあり、いつの間にか仲間ができました。本気モードでの討論会は、本も読み自分の立場も明確にしなければならず、ずいぶん突っ込まれました。ちなみに当方のテーマは「日米安保条約体制化における沖縄の位置付け・・・」で、沖縄まで取材に行き応戦、防戦しましたが、コテンパンに叩かれました。今思いますと・・それが今につながりました。
お陰で、仲間や教授と心が通じました。
その1節があったお陰で卒業大学を忘れておりません。
反面ナンパも好きで、以後困ったことも多々でました。
これは秘密です。今の鬼嫁に知れると困りますのでネ。笑い・・・・デス。
熱くなれた時代を感じました。
沖縄まで取材に行く、議論する、いまの大学に復活させたい学問への真摯な姿勢は、大学教育のテーマですね。
1.

学問が楽しいと感じる前に、大学の講義のつまらなさに唖然としました。
一番よかったと思えるのは、パソコンの基本的なことを教えてくれる講義ですかね。
Wordの使い方、メールの送り方、タイピングの仕方、などほんと基本的な内容です。
中でもタイピングはかなりがんばりましたね。
というかそれしかがんばってない…みたないな(^^;)
おかげで周りのみんなよりは、格段に早くタイピングすることができるようになってましたねw
大学の講義とゼミは、基本意味ないと思ってます。
ある分野に関しては知識は蓄積されるかもしれませんが、それが社会に出て役に立つかといえばどうかと思います。とはいっても、直接的ではなく、どこかで役に立つかもしれませんが。
一番サイテーなパターンは、講義にぜんぜんでないサボり野郎で、私大へ行き年間数百万も払いながら、卒業するときは特にやりたいこともなく、残りの単位に必死になってあくせくし、就職もとりあえず適当に決めてしまうパターンですね。
追いかけていたのは「女のケツ」みたいな感じでしょうか。
僕は大学はモラトリアムを過ごすだけの空間だと思っています。
発見したことは、「大学は研究者を目指さない限りあまり意味のない、大金を捨てて遊ぶための場所」ってことでした。
現役の学生さんでしょうか。早々に回答ありがとうございます。
「大学は研究者を目指さない限りあまり意味のない、大金を捨てて遊ぶための場所」という感じ方に、なぜか、共感してしまいました。
タイピングが早いのは、うらやましいです。
2.

まったく何の役にもたちませんでした。
僕らのころはとにかくどんな大学でもとにかく入らなくてはいけないという状態だったので学部とか関係なく入ってしまいました。
残念でした。
パソコンもこのとおり何もできません。独学です。
学歴のために大学へ行く時代だったんですね。
希望を膨らませて、入学なさったんでしょうが…。
大学の教壇に立つようになって、気が付いたんですが、授業の方法を高めようと思っても、研究する場所が見つからないんです。小学校、中学校、高校の先生たちは、民間にも学びあう場があるんですが、大学の教員で、自分の授業テクニックを上げようと志す人が少ないからでしょうか、未だに捜しています。
私は、小学校や中学校の先生たちに悩みを聞いてもらったり、報告させてもらったりしながら、技術を高める努力をしていますが…。
大学の授業がつまらないのは、当然かもしれませんね。
3.

それまでは一緒だったのはいつも同学年の者ばかりだったので、先輩たちの知識の豊富さに感心すると同時に、先輩・後輩の区別なく一緒に学問を学んでいると言う雰囲気を初めて味わいました。また若い自分を一人前に扱ってもらえたのは嬉しかったです。挨拶をするときとは違って、学問の前には先輩も後輩もないという厳しさを同時に感じました。
学問をする上では、いろんな経験を持つ人たちが意見を交わすことが重要だと実感した最初でした。
私も、研究生として、大学院のゼミや研究会に参加していました。
現職の学校の先生も院生も学生も研究者も混ぜ混ぜのゼミで、USAさんと同じような感動をしていました。
いまも、現場の先生、保育者と研究者、それに学生も交えて、意見を交わすことが好きです。子どもの権利をテーマに学びあっています。
5.

勉強嫌いの中学生や高校生はこんなことしたって社会では何の役にもたたない、とぼやいてるのを聞くとおかしくなります。
さてご質問の大学での勉強ですが、ゼミの教授がなかなかの変わり者で講義をさぼっていてもゼミだけはいきました。経営分析論なのに授業は「哲学」というか坊さんのお説教のような感じでした。
実務的な知識の習得なら専門学校にいくべきです。
教授はよく 専門じゃだめだ! 学問でなければいけない! 専門の門には口が無いけど学問の問には口があるとおっしゃってたのをおぼえています。
「専門の門には口が無いけど学問の問には口がある」意味深い言葉ですね。
6.

また、大学に入ったばかりの新人の私に高価な実験装置の組み立てや操作を事細かに教えていただいたり、私生活の相談にのってもらった助教授には今でも感謝していますし、自分の学力を更に上げて再び手伝いをしたいと思っています。
大学と大学院では、教授の指導も違うのでしょうか。
いい出会いをなさってよかったですね。
私は、研究生で、教育系の研究室にいましたが、教授が私の研究力量を引き出してくれましたし、文章力も高めてくれました。論文にまとめることが下手だったので、よく赤を入れて、文章を直してもらいました。そのおかげで、いまの仕事に恵まれています。
また、ひろぴさんが信頼されている先生とお仕事ができるといいですね。
私もいま、当時の教授と一緒にプロジェクトの研究をしています。
7.

感動する授業に出会えて、よかったですね。
私も学生さんに感動してもらえる授業作りを考えて生きたいと思います。
8.

講義やゼミに、毎回出席するなんて、すごいですね。
面白くない授業でも出席するのは、出席が厳しいのですか。
9.

講義はともかくとして、ゼミは少人数なので、自分の不勉強も原因の一つだと思います。
工学部でしたので、実験はとても面白かったし、結果をレポートや論文にまとめるのは、とても勉強になりました。
学科によっても、講義の満足度は違うでしょうね。
レポートを書くのに頭を悩ますことは、未だに私も好きです。
コメント(6)
講義やゼミ以外では、何と言ってもクラブ活動。理科系以外の経済や文学の学生たちと絶えず議論をしたのはいい大学時代の楽しい思い出、同時に、教養や勉強になりました。今でもお付合いが続いています。
ほとんどの大学は職業斡旋施設と一緒ですよ。しかも三年制と一緒ですよ。時間の無駄ですよ。今、それに就職しても三人に一人は三年以内にやめてますよ。しかも教授は教える能力は全くありません。九十分の授業で20分遅れでやってきて20分前に帰っていきました。やる気もまったくありません。給料だけ多いですよ。特に女子大、短大なんかわけの分からない学問を勝手に作ってやってますけど全部いらないですよ。
間違いました。職業斡旋所ならすばらしいんですが
ただの就職斡旋所でした。
シャドウさんへ
確かに資格を重要視する大学は、就職斡旋的な大学の授業に陥る危険性をはらんでいますね。
これって、個人のモチベーションの問題が大きいと思います。私は2つ目の大学では、モチベーションが高かったので、半分以上の授業は楽しめました。が、基本的には、授業は学問としては、密度は薄いです。自分で本などで勉強した方が遥かに濃密です。まぁ、授業はいろんな人を対象にしているから、しょうがない、というかそこが難しいところですよねw



