子どもの『メディア漬け』についてどう思いますか。
脳科学の進歩で、メディア漬けは、脳のはたらきを不活発にし、切れやすくなる、といわれています。皆さんは、どう感じていますか。
またその背景にある子どもを取り巻く生活文化などの意見も、よかったら、聞かせてください。
回答(6)
4.

私の家では子どもが小さい内は家にテレビを持たないようにしました。子どもをテレビの前に釘付けにしたくなかったからです。また、家族が折角一緒の時はできるだけ何かを一緒にしたいと思ったからです。友達が見ている番組が見られないと子どもは言いましたが幸い大きな問題にはなりませんでした。因みに、共働きでいつも延長保育をお願いしていたのですが、もし子どもが保育園で遊ぶのでなく親の居ない家で鍵っ子でテレビの前に釘付けになっていたらと思うとぞっとします。
その後、私の仕事で米国勤務になった時には子どもも小学校高学年になったのでテレビを入れました。この時は、早く英語の生活に慣れて欲しいと思ったからです。
小学校低学年で算数の時間に電卓を使わせるのにも反対です。そんなことをしたら暗算や手計算ができなくなってしまいます。また、PC利用は益々重要になっていますが、情報集めには便利ですが学校の宿題はなるべく集めた情報で考えるような問題にして欲しいと思っています。親の居ないところで、子どもたちだけでコンピュータ・ゲームに興じすぎるのも問題がありそうです。
ここまで書くと、何となく「メディアに大反対」のように聞こえるかもしれませんが、そうではなくメディアはマンガも、アニメも、映画も、更にはインターネットも、実世界と同様に、「いいものも悪いものもある」ということです。「子どもの成長段階に合わせて、その時々にいいもの、適切なものを利用できるように」、親たちや学校や社会が仕向けていくことが重要です。
マンガ、アニメ、映画には子どもの成長に好ましいものは沢山あります。中には、日本が誇る素晴らしい作品も少なくなく、こういうものは世界の子どもに見せたいと思います。とは言え、悪いものは出来るだけ避けながらも、過度にメディア漬けになるのは子どもの成長に好ましくないと思います。それよりは、メディア利用を適当にし、周りの同年代の友達と外で仲良く遊びながら人間関係を身につけることの方が余程重要ではないかと思ったりします。
子どもたちが親たちの目を離れメディア漬けに偏らないように気をつけたいと思います。「最近のメディアは実社会と同じほどに毒にも薬にもなり得る」のです。
いつも参考にさせていただいています。
1.

そんな事無いのです、可愛がるという事と,甘やかすという事はぜんぜん違う,という事を弁えるべきです。
「子供を見れば両親の姿が映る」昔から言われる言葉です。愛して抱きしめる、一日1回抱きしめる。
其れが・・・大事なことですよ。
また・・・親だって直ぐにキレル!子殺しも多いいし、親殺しも多い。戦後に子供を育てた親たちから、その兆候が見え始めたのでは?専門家たちも「ああでもない、こうでもない・・・・」一応知った風な御託は並べますが、ちっとも分かっていないし、本質を捉えていないと、私は何時も考えています。
世の中、テレビやマスメディア、学校が・・直ぐに他へ責任転嫁する。違います、絶対に違います。家庭生活なんです。家庭が真剣に子供を、子供の将来を考えて、教育しないからなのです。それにはご両親も、もっと真剣に子供と真正面に向き合い、話すことが大切なのでは。
私も子どもと真剣に向き合うことが苦手になっている親が増えている気がしています。
その背景を考えるとき、子育ての伝承が、地域のつながりの希薄化や核家族の影響で、親に伝わりにくくなっている気がしています。
私は、仕事柄、どんなサポートが必要か悩んでいます。
まだまだ青年さん、アイデアください。
2.

要は、付き合い方と時間の問題ですよね。
受信するだけでなく(受身)、発信するようになれば(能動)いいですね。
メディアとの付き合い方を、教わる機会がもっと必要ですね。
3.

コンピュウター室?なるモノが必ず存在します。大体10台位並べてあって外とは繋がってないようです。観る度に正直羨ましいの嫉妬の気持になります。
僕の時代に有ったらなあと思いますが時代だからとも思ってます。
でも 間違えていけないのはパソコンで何でも出来る訳ではないのです。パソコンがパソコンを作れるとは思いません。世の中はメディアで色んな情報を知る調べるは出来ますがそれは自分の努力でない事を知らすべきです。自分で努力した事が重要で右から左に手に入ったものは評価が0である事を報せるべきです。
昔から 駕籠に乗る人 乗せる人 そのまた草鞋を作る人 の言い回しがある様に仕組みはちゃんと教えるべきです。ただ残念ながら時代は駕籠に乗る人が増えてるように感じてます。草鞋を作る人の評価が悪いとは思いませんが。
同感です。
努力することは、「面倒くさい」「かったるい」という言葉で表現されることが増えてきたと思います。
実体験は、プロセスが大切だと大切だと感じています
5.

事はごくごく自然なことでTVにすら興味がわかないほうが問題があるきがします。
問題があるとすれば喜怒哀楽、怒り、哀愁を教えられない親が問題だと考えます。
快楽、快感だけでは人生渡っていけませんから・・
メディアは受動的、そして脳の活性化、暴力などが問題にされますが、喜怒哀楽の視点から、考えることは、少ないように思います。
アドバイスありがとうございました。大切な視点ですね。
6.

例えば性癖は、逆戻りができないものだそうです。変態になったらド変態まで突き進むのです。
という意味で、テレビゲームで人を殺す興奮であきたらなくなったら、実際に殺してみたい。と思う可能性を、100%否定はできないでしょう。
ただ、そもそも人間には、現実と虚構の狭間を分ける理性ってのが備わっているはずです。
さて・・・子が親を殺す、その逆という事実は、あきらかに生々しい現実が見えます。日々の現実でしかない関係でしょう。親子関係なんて。理性の有無による、現実と虚構の行き来があるようなカテゴリーに属すようにどうしても思えません。
という意味で、もしかしたら、逆に虚構と現実と接近というより、むしろ乖離が、理性の欠如を生む要因であるとも言えるのかなぁと思うのです。理性が働くことさえ必要なく、許されない、とんでもない乖離があるのではないかと。
という意味で、メディアに何かしらの罪があるとすれば、虚構が虚構すぎて、現実味がないことでしょう。
例えばニュースキャスターはいいこと言うけど、実際には誰を助けるわけではない。オレオレ詐欺は危ないですよ。テロは危険ですよ。とはいえ、実際に被害にあう可能性がほとんどないことは伝えない。温暖化してます。地球。といいながら、誰も羽田元総理の半袖スーツは着ないのです。
ただ刺激を与えることだけに、労力を傾けているマスメディアが多いことは、現実と虚構の明らかな乖離を生じさせる可能性はあるでしょう。
最後に・・・教育では、やればできる。と教える。でも、やってもできない場合がほとんどであることは教えない。これも問題ですよ。
理想があって、現実を悟ることができるのが、人間のいい点だとすれば、理想をどこに持っていくかを教えるのが、教育というものでしょう。美しい国・日本。なんて、ばかげたことを教えたら世の中本当に狂ってしまう。フグが上手いのは肝に毒があるからだと。じつはその肝が一番おいしいのだと、なぜ教えないのか。
誰もが何でもできる。というような、いわば自己中心的で個人主義的発想も、おそらく、現実を悲観することに伴う、現実と虚構および理想を乖離させる要因です。
現実を悲観することしかできなくなった人間を、メディアも教育も誘導しているように思います。
回答をよく理解ができていないような気がしますが、理性と虚構が乖離しているのではないか、というご意見、そうかもしれないと思いました。
理想がもてないから、現実を悲観し、現実から逃げてしまっていて、現実を把握していないのではないか、という視点は、とても参考になりました。
コメント(3)
ゲーム、漫画、アニメにどっぷり浸かって成長しました。別に切れやすくないと自分では思ってますが....
ゲーム脳は偽科学だという話も出てきてますのでメディア脳も怪しいなぁ
>脳科学の進歩で、メディア漬けは、脳のはたらきを不活発にし、切れやすくなる、といわれています。
素人なので、教えてほしいのですが、これって科学的根拠はどういうことなのでしょう?切れやすいとかは、環境ホルモンがどうとかいう話も聞きますし、実際どうなのかご存知なら教えて下さい。
あと、メディアというのはマスメディア?マルチメディア?いろいろあると思います。新聞はマスメディアですが、(スポーツ誌とかでない限り)、子供が読んで害になるとは思えないです。正確に記述願いたい。
便利なもの、楽しいものと学ぼうとする心をどう調和させるか難しくなってきていますね。子どもの好きにさせる、どうなっているのか知らないで親がただ文句だけ言うではうまくいかないです。いいものは親としても積極的に利用したいと思います。




