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明治時代の天皇制について。

明治時代における天皇の位置。
民衆にとってどのような存在であったのかを教えてください。

2007-01-09 16:33の質問
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回答(3)

1.

2007-01-09 18:55:04みんなナイスな
二院制であったが日本国では一番偉い人は天皇でした。戦争に負けてからシンボルになった。戦争の時は御前会議がありそこで軍の報告と作戦と戦争の目的を天皇に披瀝して、場合によっては変更が有ったり、褒められたりしながら命令がある。天皇が頂点ですから。

こんな言葉があります。覚えといてね。
上官の命令は 天皇の命令である と言って上官達は自分の下位の者をいじめて居ました。
誰も 逆らえない位置に天皇はいました。
昭和天皇の御前会議での発言は記録が残ってますから調べる事をお奨めします。
自信度 : 自信なし 回答レベル : 回答

2.

2007-01-09 20:12:18みんなナイスな
質問の趣旨とは異なるかも知れませんが、

古来、天皇は通い婚をしていたそうです。
それなら、男系維持は、さほど難しくなかったかもしれません。

明治時代あたりから、天皇も結婚して家族を形成するようになりました。男系維持の難しさの基点になったと思われます。

3.

2007-01-09 22:36:05みんなナイスな
振り返れば 意外に明治天皇や大正天皇は学校で詳しくおそわった記憶がないです。
明治には当然生まれていないので祖父母や父母のはなしなんかを聞くとよく
「現人神」(あらひとがみ)と言っていましたね。
神道には詳しくないのでこのことばをどう解釈すべきかは難しいところですが、神そのものかひとと神とをむすぶ存在に近いのではないかと想像します。

現人神という表現もひょっとすると明治時代というより昭和にはいってから盛んに使用されるようになった言葉なのかもしれません。
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