ニュアンスの違いをお教えください。
a. きょう、母が死んだ。b. きょう、母が、死んだ。
c. きょう母が死んだ。
a b c の、微妙なニュアンスの違いを日本語学習歴2~3年の外国人に e-mail で、どう教えるかで悩んでいます。よろしくお教えください。
※別のところでも質問したのですが、納得できるご回答を頂戴できていません。なんとか皆様、よろしくお願い申し上げます。
※できれば、学者・塾講師・教員・日本語教師・記者・詩人・作家など、コトバの専門家の皆さんのご回答を歓迎します。
※英語圏の人ではないので、わかりやすい日本語でご回答ください。
回答(5)
1.

bは、、母が病気か何かで、前もって覚悟できていた気持ち
cは、、誰か(身内)に伝える気持ち
のように私は感じましたが
どうでしょうか?
2.

文章を読みやすくするためにあるのと
文を分けることによって何かを強調するためにあるものだと
私は思ってます。
aとcの違いは
ほぼ読みやすさの違いだと思います。
そしてaとbの違いは
「が」という助詞があって
その後の「死んだ」につながっているし
文章としても短く、分ける必要性が無いにもかかわらず
「、」を入れたということは
その直前の「母が」という事を強調したいという
アクセントポイントとしての「、」じゃないかと思います。
まあ、なんとなくですが…
4.

5.

aは、「今日」という時間の強調
bは、「母」の「死」という事実の強調。
cは、強調無の文。
と思慮いたします。日本語の、ニュアンスの違いをご教示なさるのには、あまり、適した文章でないと考えます。
6.

全部意味は同じです。
前後の文章との組み合わせによって、
文章a.b.c.のニュアンスは変わります。
a・やっと、きょう、母が死んだ。
c・きょう母が死んだ。母と行っても猫の母(ハハ)
である。母とは名前で当然本当の母ではない。
ちなみに、bは非常に「くさい」文章演出なので、使う人はマレだと思います。
たぶん、あなたはあなたの思いこみや、
誰かの教育的なすりこみが原因で、
特別な感情のニュアンスを
句読点の場所の違いで持っていると思います。
しかし、感じるニュアンスは人それぞれです。
この文章だけでは、aだと「きょう」が強調されていると感じる人もいれば、「きょう」より「母が死んだ」という情報を何倍も大きくとらえる人もいます。
人それぞれです。
「きょう」がなぜ「今日」ではないのか気になる人も中にはいます。
日本語学習歴2~3年の外国人の日本語力がイマイチわかりませんが、
以下のように解答するのをお薦めします。
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基本的に、一般的には黙読するときのスムーズさを優先させて句読点を使うのが主流です。
このようなa.b.c.の句読点の場所が違う文章でも情報は同じ。
ただ、前後の文章の影響で、感じ方に人それぞれの違いが出る場合があります。
それをみんな、同じように感じる場合も文章によってあるし、バラバラに感じる時もあります。
現在の日本で使われる日本語として正しいものを選べと言われればaであり、色んな気持ちへの互換性は優れています。
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もし、こういった回答で納得がいかない場合は、
ひょっとすると質問文に問題があるのかもしれないので、
質問の仕方を変えてみてはどうでしょうか。
また、専門家でないと難しい内容かもしれませんが、一般の人でもうまい回答を持っている人がいるかもしれませんので、回答者にはこだわらない方がいいと思います。
ちなみに、教師などの場合、片寄ったすりこみの、いかにも教育的な日本語で日本語をとらえている場合があるので、あてにならない場合もありますよ。
コメント(5)
ありがとうございます。
できれば、皆さんのご専門をお教えいただけるとハッピーなのですが……質問者の意向と異なる回答者さんがおられないこと祈るだけです。
ご回答は、ニュアンスの違いのみをご明示くだされたし。
お役にたてなく。。他の方の回答をお待ちください。。
日本語学習歴2~3年の外国人がわかるようにシンプル且つ明快にお書きいただけると嬉しゅうございます。お手をとります。
現在、近隣の人たちのニーズに応えて、ときおり朗読をしているのですが、過去に若干、演劇のトレーニングをしたこともあり、読点は大切に扱っています。<b は非常に「くさい」文章演出>とのことですが
きょう、ママンが死んだ。
〔『異邦人』アルベール・カミュ 窪田啓作訳 ※ママン=maman=mother=母〕の書き出し
をベースに変形した例文ですので、それは仕方がないことで、ご容赦ください。
カミュの小説のイントロであることを明示しているにもかかわらず「あなたのお母さん死んだのか」というメールをくれた、そそっかしいアジアの若い女性がおりました……
吉野弘さんの『 祝婚歌 』の一節を、お礼とします:
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
※わたくし自身の戒めとしているもので他意はございません。




