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御伽噺 桃太郎は有名ですが
本当は鬼退治(当時は強い人達は御Iと呼ばれたらしい)でなく豪族の勢力争いを子供に分る様に優しく書いたらしい。詳しい人は教えてください。参考だけのURLは遠慮してください。
理解出来たらベストを約束。
回答(2)
1.

桃太郎の事跡は、岡山県の吉備津彦・温羅伝説の他、香川県や愛知県犬山市等全国に多数あり、「本家争い」等舞台に付いての異論もある。
成立以前の物語に原型を見る事も出来、特に鬼退治のくだりはヤマト王権と朝鮮半島からの「渡来人との間で起きた武力衝突」を、御伽噺やお話として脚色、伝承したものが元になったという指摘もしばしば成される。
以上、ウィキペディアからの抜粋です。
おりがとうございました。
忘れない為に記録しました。良き勉強になります。
本当に いわちゃんも 知識があるのですね。
知識は世間を広くしてくれます。検索上手だけでは知識にはならないから。
2.
僕が聞いたことのある話と同じ話が書いてあるものを見つけてきました。
http://tokyo.atso-net.jp/pukiwikip/index.php?%C5%ED%C2%C0%CF%BA
「海賊退治の話」はよく耳にしますが「豪族の勢力争い」は初耳ですね。
まだまだ説がありそうなんで少し調べてみます。
コメント(6)
調べてみたところ「温羅伝説(ウラでんせつ)」が原典って説が有力なようです。(恐らくいわちゃんさんが2つ目に挙げているのがそうれだと思われます)
実際にあった出来事のようですがほんとなのかどうかよくわからないみたいです。
そして鬼(温羅)は実はそんなに悪いやつでもないみたいです。
ご参考ください(ウィキペディアから)
成り立ち
桃太郎の事跡は、岡山県の吉備津彦・温羅伝説の他、香川県や愛知県犬山市等全国に多数あり、本家争い等舞台に付いての異論もある。
成立以前の物語に原型を見る事も出来、特に鬼退治のくだりはヤマト王権と朝鮮半島からの渡来人との間で起きた武力衝突を、御伽噺やお話として脚色、伝承したものが元になったという指摘もしばしば成される(桃は、また別の伝承等との関連が指摘される)。
発生年代は正確には分かっていないが室町時代とされ、江戸時代以降に広まったとされる。草双紙の赤本による『桃太郎』『桃太郎昔話』等が出版により広まった最初の版であるとされる。
つづき
明治時代初期までは桃を食べて若返ったお爺さんとお婆さんの間に桃太郎が出来たという回春型の話の方が主流であった。この他にも『赤い箱と白い箱が流れて来て、赤い箱を拾ったら赤ん坊が入っていた』、『川上から二つの桃が流れて来たのでお婆さんが「緑の桃はあっちゃいけ、赤い桃はこっちゃ来い」と言うと赤い桃が寄って来た』等、物語に差異のあるものが多数伝わっているが、巖谷小波により1894年に『日本昔話』としてまとめられたものがその後の語り伝えに大きく影響した。明治20年に国定教科書に採用される際にほぼ現在の形のものを掲載して以降、これが定着した。因みに舞台の一つとされる岡山県で桃の栽培が始まったのも明治時代以降である。
さらにつづき
また、香川県では桃太郎が女の子だった、とする話が有る。(生まれてきた女の子があまりにも可愛らしいので鬼にさらわれないように桃太郎と名づけた)
その後語り、絵共に様々な版が生まれ、また他の創作物にも非常に数多く翻案されたり取り込まれたりした。落語の『桃太郎』等もその一例である。
なお、太平洋近海の国に伝わる御伽噺に『樽』や『果実』の中に入った子供が出てくる話が多数あり、日本人の先祖の一つに海洋民族があることを示している証拠だとする説もある。
語り部によって、桃が川に流れている描写を「どんぶらこっこ すっこっこ」、「どんぶらこ どんぶらこ」などと表現する。
まだつづく
上流から流れてきた桃を食べて老夫婦が若返ったというくだりには、道教や様々な神話が影響していると見られる。『山海経』や西王母伝説、或るいは日本神話のイザナギの逸話に見られるように、桃は邪気を祓い不老不死の力を与える霊力のある果実とされている。また、山奥に住む仙人にも桃は欠かせない存在である。桃太郎を齎した桃は、こうした霊力のある桃が山から流れて来たものとも考えられる。
鬼は、風水では丑と寅の間の方角(北東)である「鬼門」からやって来ると考えられている事から、桃太郎はそれに対抗して、裏鬼門に位置する動物(申(サル)、酉(キジ)、戌(イヌ))を率いた、という解釈がある。敵役である鬼が牛の様な角を生やし、虎の腰巻きを履いているのも、風水の考えに由ると考えられる。しかし丑と寅の逆の方位に当たるのは、申、酉、戌ではなく、未と申である事から、率いている動物には別の意味があるともされる。
ベスト ありがとうございました。
10位復活、おめでとうございます。
もうすぐ、9位ですね。



