回答(1)
1.
2007-05-12 08:47:12

↑こちらのページから抜粋↓
昭和9年4月正力松太郎氏は日本野球界の発展健全娯楽の育成ののため全アメリカ選抜チームを召聘することにした。昭和6年の第1回召聘につぐ2回目の快挙であった。 ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック等一流選手が名を連ねる米チーム召聘の報が一度つたわるや日本中は歓呼の声をあげて歓迎した。 これに対する全日本チームは六大学の名選手を中心に編成された。母校の名誉をかけて参加した日本軍選手は、この谷津の地に集結、ここを練磨のにわとして、心魂を傾けて、策を練り、技を磨いた。 昭和9年12月、この時の全日本チームを母体として、東京読売巨人軍(後に読売巨人軍と改名)が誕生したのである。
* (心魂を傾けて、策を練り、技を磨いた)とか名誉をかけてという言葉からも、その頃の時代背景からも戦争でもするかのごとく、絶対勝つという意気込みがあったと思います。
回答レベル : 回答
なるほど 代表というものは絶対勝つの意気込みなんですね
プロレスなんかはほとんど なんとか軍とか勝手に使ってますね~
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コメント(3)
#1. sennnouji
2007-05-12 14:40:20
何を仰って、---名古屋軍も大阪軍も有ったよ!---知らぬはあなただけ!---。
ただ、今に残るのは「巨人」だけ---。これは、創業の頃、軍隊を連想して造られた、面影です。
#2. 豆虎
2007-05-12 21:22:38
しかし、ホント未だに「軍」って、ダサすぎますよね。
#3. ジーパン明広
2007-05-12 22:59:56
あら?他にもあったんですね?
でも今でも残ってるのは巨人軍だけですよね?
1軍、2軍はみんな言いますけど どうなんでしょう?


