回答(5)
1.
2007-06-20 01:11:51

夏目漱石の「我輩は猫である」を読まれたのでしょうか?
どちらが飼っているのかは「視点の問題」もあり、夫婦の場合のように「時に微妙」ですね。いつも食事が遅い・お腹が減っていると食事を催促されたり、もっと美味しいものを食べさせてと催促されたり。おまけに夜になっても相手をしてほしいとしつこくじゃれ付かれたり・・・。
こういう場合、あなたが相手を「冷静に観察」できていれば貴女は飼い主、相手のいいなりにされっぱなしならばあなたは相手の猫に飼われているのかもしれません。貴女の飼い猫が「冷静な観察派」だと大変そうですね。
猫に飼われないように、貴女の「主体性を回復」しましょう。
どちらが飼っているのかは「視点の問題」もあり、夫婦の場合のように「時に微妙」ですね。いつも食事が遅い・お腹が減っていると食事を催促されたり、もっと美味しいものを食べさせてと催促されたり。おまけに夜になっても相手をしてほしいとしつこくじゃれ付かれたり・・・。
こういう場合、あなたが相手を「冷静に観察」できていれば貴女は飼い主、相手のいいなりにされっぱなしならばあなたは相手の猫に飼われているのかもしれません。貴女の飼い猫が「冷静な観察派」だと大変そうですね。
猫に飼われないように、貴女の「主体性を回復」しましょう。
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2.
2007-06-20 01:52:58

私が蝶になる夢を見た。今起きて人間であるけれども、果たして人間が蝶になる夢をみているのか、はたまた蝶が人間になる夢を見ているのか。
昔誰かがいってた気がする。
昔誰かがいってた気がする。
3.
2007-06-20 03:05:37

昔のCMで上手いこと言っていますね。
「飼っていると言うより、一緒に住んでいる」
コンパニオンアニマル(仲間動物または伴侶動物)を地で行っているという感じです。
「飼っていると言うより、一緒に住んでいる」
コンパニオンアニマル(仲間動物または伴侶動物)を地で行っているという感じです。
回答レベル : 回答
4.
2007-06-20 07:55:02

「猫に飼われる」とは、ネズミも捕らない猫に貧民の食費より高いキャットフードを与えたりして、人間サマの側が奉仕しているような場合の表現です。
見解や視点の相違みたいなものです。
6.
2007-06-21 13:20:19

猫がすり寄って来るのは、首の後ろから出るフェロモンでマーキングしているそうです。
これは「自分の縄張りに侵入する事を許可する」「自分の所有物である」という意味で、猫から見れば人間は「啼けば餌をくれたりドアを開けたりする便利な生き物」と感じているようです。
また、成体になっても幼児性抜けない猫にとって飼い主は母親代わりであり、そういう意味で人間界にたとえると最も近いのは「年上のやさしいメイドさん」というところでしょう。
つまり、雇用主は猫ということです。
これは「自分の縄張りに侵入する事を許可する」「自分の所有物である」という意味で、猫から見れば人間は「啼けば餌をくれたりドアを開けたりする便利な生き物」と感じているようです。
また、成体になっても幼児性抜けない猫にとって飼い主は母親代わりであり、そういう意味で人間界にたとえると最も近いのは「年上のやさしいメイドさん」というところでしょう。
つまり、雇用主は猫ということです。
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