久間防衞大臣発言について
「原爆投下はしょうがなかった」発言が議論を呼んでいますが、どう思いますか。実は32年前、久間大臣とまったく同じ発言を今は亡き昭和天皇がしています。
その時は今回のようなバッシングは受けていません。このへんのギャップもどう考えますか。
回答(10)
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昭和天皇は戦争を始めた責任を持っておられたので、「国民に大きな苦しみを与えたが、相手国からこういう仕返しを受けたのは日本としてしようがない」、「責任者としてはこの結果を甘んじて受けよう」と言われたものと思います。
それに対して、戦後60年以上を経た今日、核兵器の廃絶が叫ばれ、多数の被爆者が今なお苦悩し続ける時に、事もあろうに防衛大臣が無神経にも「原爆投下はしょうがなかった」と発言するのはどういう積り(意図)で発言したのかと思わざるを得ません。アメリカ政府の代弁をしたかったのでしょうか?それとも「敵の報復は甘んじて受けるべきだ」と天皇陛下の昔のお気持ちを代弁したかったのでしょうか?あるいは、歴史に関する見識を披露したかったのでしょうか? いずれにしても、現職の防衛大臣として適切な発言であったとは思われません。
「原爆の広島・長崎への投下はしようがなかったのか」という命題は、当地米国の中高の歴史授業では生徒間で毎年議論されています。授業での大方の意見は「戦争を終結させるためには広島投下は必要だったかもしれないが、日本の敗戦が見えた時点での長崎は多分必要なかった」とか、そもそも「こういう多数の民間人を無差別殺戮する原爆投下は良くなかった」といったところです。
更に深く追求する意見の中には、「当時、トルーマン大統領は戦争を早く終結させるために必要だったと言ったが、本当はソ連の参戦でソ連が勢力を伸ばしそうなのでこの際米国の軍事力を最大限に見せ付けようという動きの行動でなかったのだろうか」というものもあります。
このように米国内でも歴史の検証としていろいろ意見のある重大事に対して、久間大臣が軽々しくのこういう発言をされたのは全く意図が分からない気持ちです。原爆で亡くなった多くの人々と今なお後遺症に苦しむ被爆者の方々に対して、これ以上ない失礼な発言ではないでしょうか。
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また、裸の王様が言うのと、現役の防衛大臣が言うのとでも大きな違いがあります。
今回の状況で、久間発言が問題視されるのは当然だと考えています。
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化学兵器なら良かったのでしょうか?
バッシングといっても一部のマスコミでしょう。
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しかし、防衛大臣という立場、しかも選挙を間近に控えての発言としては、まずい。
もし久間大臣が、ソ連参戦を阻止するためということを言うなら、「アメリカはなんとしてでも、原爆以外の方法を模索すべきだった」とか、「こうすれば原爆を使わずにソ連参戦を阻止できた」とか、そういう話をすべきだった。
久間大臣は、問題の千葉県での演説の中で、「原爆投下は絶対に許されないこと」と強調した上での発言でしたが、政治家の発言は常に一部分を切り取られて問題にされるもんだ、ということをもっと知らなきゃいけなですね。マスコミや野党が揚げ足をとらないわけがない。
僕がこの久間発言でいちばん問題だと思うのは、安倍総理が、閣僚に対するコントロールを失っているという印象を強く持つからです。久間という人は、もともとはすごくバランス感覚に富んだ、優れたネゴシエイターのはずなのに、安倍内閣の閣僚として、以前にも問題発言をしている。安倍が適切なリーダーシップを閣僚に対してとっていない、という印象がどうしてもしてしまう。
ところで、昭和天皇がそういう発言をしたというのは初耳です。これを、総理や閣僚が言うのは、(天皇を政治に巻き込むという意味で)不適切だけど、周辺の人に言わせて、野党やマスコミを牽制すればいいと思うのですが。
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大臣の首は何時でもすげ替えが可能です。
でも日本が原爆で抗議したら
日本の国は成立ちません。
誰でもが知ってる嫌な現実です。
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選挙モードなのにあげあしとられる事を
いった事に総理は怒ってるんじゃない?
真意はともかくちょっとした事でいろいろ言うのは
アメリカのバッシング合戦型選挙になっていくなぁ~
と感じました.
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そこでは、広島と長崎に投下された原爆のことが詳細に解説されていました。
日本との戦争の終結のために「原爆投下が必要だった」という趣旨のことが説明されていました。
久間発言を聞いて、そのときに受けたショックと内容が似ているように感じました。
日本は、よりアメリカの考え方に近づいている、と今まで以上に不安になります。
「しょうがない」この意識は、アメリカ政府の考え方に重なっていると思います。
1945年7月に、先住民の住む地域の近くで原爆の実験が行われました。、歴史的に詳細なことは分かりませんが、アメリカは、原爆の実験をかねて広島に投下したようにさえ感じます。
被爆者の先住民の人たちにもお会いしして、保障が不十分なお話を伺いましたが、それを支援する人たちは、原爆が広島に投下されたことを「必要だった」とも「しょうがない」とも思っていません。
しかし、一方では原爆投下は美化されています。
その考え方に日本政府が傾いてきていると思うのは、考えすぎでしょうか。
コメント(7)
戦争自体が必要ない。
人殺しに必要性なんてない。
久間さんも天皇家と遠い親戚関係だったね。
にしてもたったひとことですごい事になるもんだ
当時のトルーマンとスターリンンの交信経緯(ご参考まで)。
八月十五日、トルーマンはスターリンに宛て、ソ連の占領区域に関して次の一般命令第一号を伝えた。《満州、北緯三八度以北の朝鮮および樺太にある日本国の先任指揮官ならびにいっさいの陸上、海上、航空および補助部隊は、ソヴェト極東軍総司令官に降伏すべし》
八月十六日、スターリンはこれに二つの修正提案を行う。《ソヴェト軍にたいする日本国軍隊の降伏区域に千島列島の全部をふくめること。千島列島は、クリミアの三大国の決定(ヤルタ協定)によれば、ソヴェト同盟の領有へ帰属すべきものです》《ソヴェト軍にたいする日本国軍隊の降伏地域に、樺太と北海道のあいだにある宗谷海峡と北方で接している、北海道島の北半をふくめること。北海道島の北半と南半の境界線は、島の東岸にある釧路市から島の西岸にある留萌市にいたる線を通るものとし、右両市は島の北半にふくめること》
<続き>
八月十八日、トルーマンは第一の提案は受け入れたものの、第二の提案は拒否した。《私は、日本本土のすべての島、すなわち北海道、本州、四国、九州にある日本武装兵力はマッカーサー将軍に降伏するものと考えています》
八月二十二日、これに対するスターリンの返事は《私と私の同僚たちは、あなたからこうした回答を期待していなかったと、言わなければなりません》。
>10 私もアルバカーキの資料館に行ったことがあります。広島と長崎に落とされたそれぞれ形の違った二つの原爆(実物大)が誇らしげに展示されていました。どちらかは確か「Fat Boy」と名付けられ、背丈よりずっと大きかったです。
トルーマンはソ連に日本の北方領土を取らせないために、広島に続いて長崎にも原爆を落としたのかもしれません。北海道を領土と出来なかったスターリンは非常に不満だったとか。後の、サンフランシスコ平和条約ではソ連は(米国主導の)条約締結に真っ向から反対し、反対演説をした直後少数の東側反対派と共に会議から退席してしまいました。当時の二大大国の駆け引きの谷間でもし原爆が落とされたのだとしたら日本人として泣くになけません。「しようがない」などとは絶対に言えません!



