なぜ科学が発達したのに、おいしい食べ物が作られないのでしょうか?
まだ科学が未発達の頃に、いろんなすぐれた食べ物が作られてきました。日本だと、納豆、糠漬け、沢庵、味噌、みりん、など。あるいは、日本ではないけど、豆腐とか。で、これだけ科学が発達し、バイオテクノロジーも盛んになって、いろんな食品、飲み物が毎年大量に開発されていますが、昔の、納豆みたいな画期的なものが作られていないように感じます。
ここで、「科学が発達した現代」とは、20世紀以降ということにしておくとして、この我々が生きた時代に、未来の人に誇れる食べ物、飲み物があるとすれば、何があげられますか?
僕が考え付くのは、コカコーラ、カップラーメン、ファストフード、冷凍食品、レトルトカレーみたいな、大量に、手軽に人々の手に届くような工夫は画期的にすすんだように思うのですが、新しく作られたおいしいものって、思いつきません。
回答(9)
7.

大根が採れすぎたから、たくあんにしましょう。とか、そういうところからしか発明されない。ということなのだと思います。
そもそも日本は、夏は暑いし、国は狭いし、人は多いし、っていうので、喰うのに困る時代が長かった。だから、保存食や発酵食っというものが、異常に進んでいるのだ、と考えるべきでしょう。
そういう意味で、日本人がこれから、こういうものを発明することは出来ないかもしれないですね。
「必要は発明の母」
といいますからね。
喰うに困らなくなった日本人は、次に簡単に食べれるようにしようとした。というのは、わかりやすい展開のように思います。
そういう意味において、「カップラーメン・インスタントラーメン」は、日本発の画期的な食べ物なのかもしれないです。
大変に興味深い意見だと思います。今、日本の食品産業に関わる人たちは、必死においしいもの、人気の出るものを作ろうと競争しているに違いないと思いますが、ビジネスではなく生活の中から良い食べ物は生まれてくるとしたら、それは産業社会の常識を覆すものかもしれないからです。つまり、(食品産業と限定したとしても、)ビジネスの競争よりも生活そのもののほうが生産的であり得る、ということを意味するかもしれないからです。
1.

「味の素」が与えたインパクトは結構なものじゃないかと思います。
家のメシより外食がうまく感じる理由の一つは、味の素に代表されるアミノ酸系うまみ調味料の存在らしいです。
味の素自体も海外進出し、あちこちの国の料理を「それなりにおいしく」してるのだとか。
そうですね。あと考えてみれば、ヤクルトとかカルピスなんてのも、ずっと残りそうです。
2.

そうですね。今の科学では、納豆みたいに、健康にもよくておいしくて、というものは生まれにくいのでしょうか。
3.

特に生物の神秘とも言うべき有機的な結合過程を完全に復元できるほどの理論化・技術化はできてないと思います。今だに、SFやマンガでやっていた、う○こを美味しいものに作りかえられない分けですからね。大量生産は1つの理論技術からある程度カバーできますが。美味しいものという曖昧なものだとなかなか科学ではまだまだ難しい話だと思います。
バックトゥーダヒューチャーでやってたゴミ箱漁ってガソリン代わりは、とうもろこしなどの有機エタノール混合液という形である程度形になってきていますが技術的にまだまだでしょうね。
科学が未発達なため、おいしいものができないという考え方もあれば、科学がいくら発達しても、おいしいものは生まれるものではないとい考え方もあると思いますが、ブーニン様は、前者の考え方ですね。ありがとうございます。
4.

日本のあらゆるテクノロジーは、かなり
進んだかも知れませんが、ウマイ物に
最新のテクノロジーを投入すれば、コスト
が見合わないと思います。
国民全体が更なる美味い物を追求すれば
別でしょうが、恐らく
「ウマいもの」は昔から沢山あるので
「もういいじゃん」って所まで
来ているのでは無いでしょうか?
これ以上美味い物を科学の力で作れば、
それはもう、脳に働きかける「ドラッグ」
の領域かも知れません(笑)
それ程「ウマミ」は極めてしまったのだと
思います。
あと、コンソメパンチ2倍の濃さ
と言うのが流行ましたが、これ以上旨みと
濃さを追求すれば味覚障害など、人間の
方がついていけなくなりそうです。
私が勝手に未来に自慢したい食べ物は、
「天下一品のこってり」です。
賛否分かれますが、唯一無二の味だと
思います。
ありがとうございます。興味深い考え方だと思います。僕はこの考えに触れて、なぜかおいしいものは、美人と似ているかも、と考えました。すでに最高の美人がいたら、もうそれ以上の美人は出てこないのと同じ理屈かな、と…
5.

レンジで作るポップコーンは美味しいと思います。
ガスで温めるポップコーンも美味しいです。
家庭で作り食べると腹も膨れますよ。
僕はポップコーンに一目置いたことがないので、そのおいしさは想像するしかありません。ありがとうございます。
6.

おいしいたべもの。
品種改良とか遺伝子操作とかあって、新しい特性の品種ができてるとしても、
コメはコメ、
大豆は大豆、
タマゴはタマゴ、
ブタはブタってわけで、
新生物ができるわけじゃねーんだし、
やっぱし素材を組み合わせてる「料理」ってこったよな。
たべものだとなんか素材みてーだったからよ。
で、本題だ。
未来人に誇れるたべもの、のみもの。
「宇宙食」
「マヨネーズタイプドレッシング」
「フルーチェ」
「ラ王」
「ネスカフェゴールドブレンド」
単純に好みだが。
ありがとうございます。僕が想定していたのは、調理法もそうですが、発酵させたり、思いもかけぬものに化けるようなもの(アルコールになるとか、なんとか菌が出てくるとか)でしたが、ご意見を聞いて、遺伝子操作で、新しい果物が生まれたら面白いと思いました。イチゴとスイカをあわせたものとか。ニワトリぐらいの大きさの牛とかで、たくさん育てられるとか。
8.

科学が発達したから、
美味しい食べ物が発展しなくなったのです。
食材の質が落ちているので、
科学人工的な料理の質も上がらないと考えた方が
2007年の時点では正しいと思います。
例えば、栄養素を見ても
野菜は30年前と比べて野菜一個の中にある
栄養は減っています。
当然、味も落ちています。
最先端のベビーフードなんかでも
使う大元のにんじんは現代のにんじんなので、
昔に家庭で作られていたベビーフードより
味では追いつけない部分もあるのです。
また、ジャンクフードはジャンクフード好きの
味に調整されているので、
ふだんジャンクフードを食べない人にとっては
さほど魅力的な味付けになっていません。
以上の事から、
科学技術を用いた食品も、
大元は実際に育つ野菜や肉なので、
大元の質が落ちているので、
底上げがきかない部分があるのです。
なるほど。少なくとも、素材そのものを生かした料理の多い日本料理では、特にダメージが大きそうですね。
9.

科学は、具だくさんさん(?)が指す新たな「食品」よりも、食品にするための「食材」にも着目しているように思います。
例えば、いつまでも新鮮(に見える=黄身が盛り上がったまま)な卵。風味がある卵。
また、今日のトマトは「甘い食材」の地位を獲得しています。 ※昔のトマトは甘酸っぱい味だったそうです(コンセントはトマト嫌い)。
苦くないほうれん草、柔らかい(歯ごたえがない)人参などありますね。こうして改良することで、より調理しやすく、食べやすくなりました。
新たな食品といえば、フリーズドライかな。ああ、乾燥保存の技術が進歩しただけか。野菜がギュッと小さくなりましたよね。水で戻すと、あらまあ新鮮な生野菜♪という具合。
たしかにトマトの味がよくなった話はよく聞きます。一方で、産地によっては(米国産など)小麦粉の栄養価が下がったということも聞きますし。
一方で食材の質が落ちているという指摘があり、一方で食材の質が上がっているという指摘があります。僕はこの両方を聞きますが、食材も格差社会になっているのかもしれませんね。ありがとうございます。
コメント(8)
>「味の素」
よく料理マンガで味が単調になる、チャイナシンドロームなど批判の矢面に立たされているわけだが。
>>#1
「チャイナシンドローム」は核分裂炉のメルトダウンの問題。
仰りたいのは「中華料理店症候群(Chinese Restaurant Syndrome)」のことではないですか?(映画の中にありましたっけ?)
そうです。美味しんぼにそう載ってたので正式名称かと。。。
なぜ、これだけ科学が発達したのに 人間は 食べ物を作ることができないのか・・・。
野菜を作ることができるだろうか?
自然のものを 自然よりよりよく作ることなんてできやしない。
人間に 動物は 作れるのだろうか?
答えはNo!
死んだものはを 生き返らすこと自体 できやしない。
そんなんで 自然を超える 食べ物が作れるわけがない。
>>7のサーパイさんの書き込みを見つつ
「新しい食べ物」でなく「新しい食べ方」とか「一般的でなかった食べ方の一般化」であれば案外たくさんあるんじゃないか、という気がしてきました。
例えば、お刺身なんかその口では?
冷凍技術と陸上流通の整備が進むまで、冷凍マグロなんてありえなかった訳ですし、冷蔵庫がなければ家ではなかなか食べる機会がなかったはず。
昭和初期の食生活をまとめてる本を見たことがありますが、当時でも漁村や流通の発達した都市部を除けば生魚を食べてた地域は少ないようです。
魚の干物でなくジューシーな焼き魚を、
ツナ缶でなくトロが手軽に食えるようになった、というのも、ある種の科学の発展によるものでは?と思ったりしました。
(質問の趣旨からはかなり外れますけど…)
具だくさんなほうがいい さん
ベター ありがとう。
ベストありがとうございます。
ご指摘の通り、本来、生活するということは、誠に生産的なものであるはずです。
ただ、現在の日本においては、核家族化等、その基盤自体が揺らいでいます。
「下流社会」の著者が指摘したとおり、また、現在のアメリカが核家族から大家族へと帰っていっている事実をみるにつけ、生活の基盤をどう作るのか。という問題に取り組むのは、経済的発展ともリンクする可能性があることを、いただいたコメントで考えさせられました。
ありがとうございました。




