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この歳になるまで不思議に思わなかった・・
テレビを観てて ちと 不思議、なんでぇ と。
物語の中では水に入り自殺する時は
何故 履物を揃えるのですか?
こんな場面皆様方も何度も見られてると
思いますので 聞いてみたい。
それらしく 理屈をつけて下さい
ベストは保証します。
2007-09-11 17:48の質問
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回答(6)
4.
2007-09-12 06:39:56

これは簡単そうで説明が難しい!
答えから言うと 違う世界との境界線での礼儀(ルール)です。
例えば会社で部下が社長宅へ招かれたらどうでしょう 家に呼ばれたのだけど家に入るには当然土足では上がらないよね、そして履物は揃えるよね。
ここからが肝心!
ではどこで靴や履物を脱いで揃えるのか?
ピンポーン
そう!玄関! それも玄関の手前ではなく
玄関から入って最初に外と中を区切ってある所 (場所)に履物を脱いで揃えるわけですね。
敷居等もそれらに当たります。
つまりそこから、こちらは完全に別の世界になりますよと教えている箇所なんです。
玄関までは入ってもいいのです、そこはぎりぎりの外側の部分なのです。
そこで引き返すなら履物を脱がなくてもいいんです。
ですが完全にこちら側(社長の世界)に来る場合は、
こちらは別の世界(社長の世界)になりますので、そこの手前で履物を脱がなくてはいけないのです。
自殺される方も別な世界に行くのですから、
その世界の手前で履物を脱いでキチンと揃えるのです。
もう一度云うと 区切られた場所(あの世とこの世の境線)の必ず中(あの世側)には入らずに、(入ったら死んでるよね)
手前(この世側)に揃えます。
あの世もこれから長くお世話になりますし、
自殺者もこの世にお別れして完全な別な世界に行く訳ですので、
その世界に行く手前に履物は脱いで揃えるわけです。ですから亡くなる手前、自殺する手前に脱いで揃えて置くのです。
ふ~ やっぱり長い文章なってしまいました。
答えから言うと 違う世界との境界線での礼儀(ルール)です。
例えば会社で部下が社長宅へ招かれたらどうでしょう 家に呼ばれたのだけど家に入るには当然土足では上がらないよね、そして履物は揃えるよね。
ここからが肝心!
ではどこで靴や履物を脱いで揃えるのか?
ピンポーン
玄関から入って最初に外と中を区切ってある所 (場所)に履物を脱いで揃えるわけですね。
敷居等もそれらに当たります。
つまりそこから、こちらは完全に別の世界になりますよと教えている箇所なんです。
玄関までは入ってもいいのです、そこはぎりぎりの外側の部分なのです。
そこで引き返すなら履物を脱がなくてもいいんです。
ですが完全にこちら側(社長の世界)に来る場合は、
こちらは別の世界(社長の世界)になりますので、そこの手前で履物を脱がなくてはいけないのです。
自殺される方も別な世界に行くのですから、
その世界の手前で履物を脱いでキチンと揃えるのです。
もう一度云うと 区切られた場所(あの世とこの世の境線)の必ず中(あの世側)には入らずに、(入ったら死んでるよね)
手前(この世側)に揃えます。
あの世もこれから長くお世話になりますし、
自殺者もこの世にお別れして完全な別な世界に行く訳ですので、
その世界に行く手前に履物は脱いで揃えるわけです。ですから亡くなる手前、自殺する手前に脱いで揃えて置くのです。
ふ~ やっぱり長い文章なってしまいました。
自信度 : 自信あり 回答レベル : 回答
回答 ありがとうございます。
新設 丁寧な 書込み 解り易かったです。
僕の知識が一つ増えました。
ベストをどうぞ。
1.
2007-09-11 18:32:41

ビルからの飛び降りでも揃えますよね。
本当かどうかはわかりませんが、子どものころに明治生まれの祖父にこんな話を聞いたことがあります。
昔の人は履物に名前を書いておくのが当たり前だったとか。
みんな同じようなわらじや下駄を履いているので、誰のものかわからないと困る場面が多かったのでしょうか。
(町内の寄り合いとか・・・?)
同じ履物を履いているから区別のために名前を書いておく、というのは、学校の上履きなどでもそうですね。
で、昔の人は免許証や身分証明書など携帯していませんから、死体が自分だとわかる、もしくは自分が死んだという事実をはっきりと周囲に知らしめなければならない事情があったのでしょう。
そこで、きちんと履物を揃えて「ワシは自分の意思で死んだからね」と宣言する必要があったのではないでしょうか、というものです。
もちろん、故人のお葬式もしてもらわないといけません。
借金があれば、チャラにしてもらわなければ遺族も困ります。
あとは・・・生命保険や遺族年金なんてないでしょうから、遺品を片付けてもらう都合や、遺産があれば遺族に受け継いでもらう都合もあるでしょう。
自分の分の年貢を納めなくてもいいように、手続きも取ってもらわなければなりません。
また、死ぬ前にしていた約束が不履行になりますから、あとに恨みを残さないようにという気持ちもあったかも知れません。
(だいぶ私の空想が入っています)
他にも理由はあるかも知れませんが、死んだのはワシだよ、という宣言、あながち間違いではないように思います。
本当かどうかはわかりませんが、子どものころに明治生まれの祖父にこんな話を聞いたことがあります。
昔の人は履物に名前を書いておくのが当たり前だったとか。
みんな同じようなわらじや下駄を履いているので、誰のものかわからないと困る場面が多かったのでしょうか。
(町内の寄り合いとか・・・?)
同じ履物を履いているから区別のために名前を書いておく、というのは、学校の上履きなどでもそうですね。
で、昔の人は免許証や身分証明書など携帯していませんから、死体が自分だとわかる、もしくは自分が死んだという事実をはっきりと周囲に知らしめなければならない事情があったのでしょう。
そこで、きちんと履物を揃えて「ワシは自分の意思で死んだからね」と宣言する必要があったのではないでしょうか、というものです。
もちろん、故人のお葬式もしてもらわないといけません。
借金があれば、チャラにしてもらわなければ遺族も困ります。
あとは・・・生命保険や遺族年金なんてないでしょうから、遺品を片付けてもらう都合や、遺産があれば遺族に受け継いでもらう都合もあるでしょう。
自分の分の年貢を納めなくてもいいように、手続きも取ってもらわなければなりません。
また、死ぬ前にしていた約束が不履行になりますから、あとに恨みを残さないようにという気持ちもあったかも知れません。
(だいぶ私の空想が入っています)
他にも理由はあるかも知れませんが、死んだのはワシだよ、という宣言、あながち間違いではないように思います。
回答 ありがとう。
とりあえず ベスト 第一候補ですね。
2.
2007-09-11 22:07:22

ほとんど想像の世界ですが、
まず自殺する人は根がまじめで律儀ですね。
靴を抜けば、普段の習慣で揃えます。
なぜ靴を脱ぐか。靴を脱ぐことは解放という意味と、死ねばどこの世界に行くか分からないという不安から、死ぬ場所に自分をとどめたいという心理かな~
まず自殺する人は根がまじめで律儀ですね。
靴を抜けば、普段の習慣で揃えます。
なぜ靴を脱ぐか。靴を脱ぐことは解放という意味と、死ねばどこの世界に行くか分からないという不安から、死ぬ場所に自分をとどめたいという心理かな~
回答 ありがとう
なるほど 習慣ですか。
3.
2007-09-11 22:50:03

自殺をして他界するということは、
他界(死後の世界)に「入る」行為です。
自分より先に仏さんになっている人々(?)がいる、
神聖静謐な仏様の世界に、
土足で「入る」風習はこの国にはありません。
当然靴は脱ぎます。
礼儀正しく靴は脱ぎ揃えます。
現代人は自分の家に上がるときにも脱ぎ「揃える」作法を忘れ、
大切な場所にもずかずかと土足で上がりこみ、
もしくは東洋的土足生活に慣れ親しみすぎた所為で、
入滅に際し、靴を脱ぎ揃えることを忘れてしまったのでしょう。
他界(死後の世界)に「入る」行為です。
自分より先に仏さんになっている人々(?)がいる、
神聖静謐な仏様の世界に、
土足で「入る」風習はこの国にはありません。
当然靴は脱ぎます。
礼儀正しく靴は脱ぎ揃えます。
現代人は自分の家に上がるときにも脱ぎ「揃える」作法を忘れ、
大切な場所にもずかずかと土足で上がりこみ、
もしくは東洋的土足生活に慣れ親しみすぎた所為で、
入滅に際し、靴を脱ぎ揃えることを忘れてしまったのでしょう。
回答 ありがとう
礼儀正しく
ありがとう ございます。
5.
2007-09-13 09:40:38

此岸から彼岸に移るけじめと覚悟のほどでしょう。
「…山椒大夫一家の追手が、此坂の下の沼の端で、小さい藁覆を一足拾った。それは安壽の屨であった」 鴎外の小説「山椒大夫」の一節です。
人買い山椒大夫に追われ、弟・厨子王を逃がすために入水した姉・安壽の履物です。
学生時代、三鷹の学寮の側を玉川上水が流れていました。井の頭公園寄りの上水に昭和23年6月、太宰治が愛人とともに身を投げました。
その時も入水した上水縁に二人の履物が置かれていました。
ビルの屋上から身投げする人の中にも靴を脱いで揃えて残す人がいます。
やはり自死する時のけじめであり、自分自身に自死を納得させるセレモニーだと思います。
「…山椒大夫一家の追手が、此坂の下の沼の端で、小さい藁覆を一足拾った。それは安壽の屨であった」 鴎外の小説「山椒大夫」の一節です。
人買い山椒大夫に追われ、弟・厨子王を逃がすために入水した姉・安壽の履物です。
学生時代、三鷹の学寮の側を玉川上水が流れていました。井の頭公園寄りの上水に昭和23年6月、太宰治が愛人とともに身を投げました。
その時も入水した上水縁に二人の履物が置かれていました。
ビルの屋上から身投げする人の中にも靴を脱いで揃えて残す人がいます。
やはり自死する時のけじめであり、自分自身に自死を納得させるセレモニーだと思います。
回答 ありがとう
太宰治の事まで教えていただいて
本当にありがとうございます。
6.
2007-09-13 16:02:41

履き物を揃えるというのは、人様(他人)の家に上がった時、逃げやすいように揃えておくというのが武士のたしなみであるというところから来ているという話を聞いたことがあります。
そういう意味で言うと、異世界に旅立つ・入る場合に揃えるというのは大して意味のないことのように思えます。
(死人にわらじを履かせるという風習もあるかと思いますしね)
単にエチケットの延長上として、死ぬ時にちゃんとしたいという想いからではないでしょうか。
そういう意味で言うと、異世界に旅立つ・入る場合に揃えるというのは大して意味のないことのように思えます。
(死人にわらじを履かせるという風習もあるかと思いますしね)
単にエチケットの延長上として、死ぬ時にちゃんとしたいという想いからではないでしょうか。
自信度 : 自信なし 回答レベル : 回答
回答 ありがとう
そんな解釈もあるのですか
ありがとうございます。
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コメント(3)
#1. てんぷら☆さんらいず
2007-09-12 17:11:56
ベターありがとうございました♪
#2. かのう兄弟
2007-09-13 17:39:21
死を悟った人は、履物だけじゃなく部屋の掃除や身の回りの整理もするみたいですね。
#3. 丸い卵も切りよで刺客
2007-09-13 17:54:15
皆さんから沢山の回答 大変有難いです。
今まで疑問に思っていた事が解けて
非常に嬉しいです。
全員にベストを上げたいのですが・・・
迷いました。



