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強姦して焼殺するような奴に

更生の機会は必要でしょうか



2007-12-17 22:10の質問
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回答(12)

1.

2007-12-18 09:53:48みんなナイスな
必要ないと思います。
そんな性癖なおすのなんてほぼ無理ですよ!!!

2.

2007-12-18 15:02:25みんなナイスな
こんにちは。

うるるるさんと同意見です。
そんな奴は死んで罪を償ってもらうしかないでしょう!
回答レベル : 回答

3.

2007-12-18 16:54:28みんなナイスな
死刑が妥当でしょう。
四の五の貫かすなら 同じ事を本人にしてあげたら とは 別に置いといて
死刑にして上げたい。本人が一番納得するでしょう。
自信度 : 自信なし 回答レベル : 回答

4.

2007-12-18 23:46:25みんなナイスな
死刑で妥当でしょう。
でも、何からの衝動にかられ同様な立場になったら
同じようなことをするかも知れない。

5.

2007-12-19 19:38:07みんなナイスな
>更生の機会は必要でしょうか


必要ありません。


更正できません。


更正の機会を与えられたとしても、
いずれまた繰り返すでしょう。
そしてまた同じ議論をするでしょう。(本人ではなく、まわりが)

6.

2007-12-20 00:43:31みんなナイスな
弁護側は、「被害者1人の場合、死刑は否定的に考慮すべきだ」という主旨の発言をしていますよね。
ならば、「何人を殺めたか」で、死刑か否かが決まるのか?
・・・と、このニュースを見た時に思いました。

人一人を殺した。 これは当然、許せません。
しかし、殺人=死刑だったら、死刑になる人数は跳ね上がります。
そして、もしも誤認逮捕や冤罪であった場合、死刑が執行されたら取り返しがつきません。
この被告には怒りを覚えますが、死刑には抵抗があります。 無期懲役が妥当と考えます。
回答レベル : 回答

7.

2007-12-20 17:45:06みんなナイスな
死刑です。
三親等さかのぼって焼殺すべきです。
子を持つ親の気持ちからすれば当然だと思います。
誤認逮捕などの心配がある場合は考慮すべきかもしれませんが、今回の場合明らかに死刑ですね。

8.

2007-12-21 13:45:56みんなナイスな
僕も皆さんと同意権です。
更正は不可能でしょう。
人は今までの積み重ねられた経験に頼って行動します。なので、今まで犯罪を侵すような経験をしている人間は更正不可能だと思います。

9.

2007-12-22 10:49:29みんなナイスな
「強姦して焼殺するような奴」によほどの理由がない限り、死刑が妥当と私は思います。
私の家族が被害者であれば、犯人の死刑のみについて関心があります。犯人の更生には興味がありません。
万一、更生できたとしても、被害者は生き返りません。また、殺人に余りある更生はありえません。

10.

2007-12-23 01:54:34みんなナイスな
必要ないです。

麻酔なしで去勢した上で市中引き回しの上、
打ち首獄門でいいです。
自信度 : 自信あり 回答レベル : 回答

11.

2007-12-23 07:52:25みんなナイスな
リンクだけでは全体像が見えなかったので、相対的な考えだけで回答します。

死刑か否か、主に考えるのは2点。

1 強姦及び殺人が、計画的か発作的か
2 (強姦・殺人以外も)前科があるか否か

1が全て計画的である場合、極めて悪質・残忍・身勝手であり死刑が妥当。
2は、悪質犯罪であるが発作的である場合、更生の機会を与えるか否かの判断基準で、前科が多かったり重い場合は、死刑が妥当。

どちらも善良である場合は、無期懲役が妥当。

亡くなった人数で罪が決まるのはおかしいのは、私も感じます。
ただ、それは社会に与える影響度がより大きい、という部分を反映した結果、大量殺人が死刑になりやすく、それが死亡1人の場合に死刑になりにくいという判例を産んでいるという事です。

個人的な感情としては、即刻死刑で執行のボタンは希望すれば執行官立ち会いの上、遺族が押す。

日本人の美しい心「忠臣蔵」では無いですが、残された者の無念を晴らす事を加害者の人権より先に考えてもらいたいものです。

12.

2007-12-23 12:22:36みんなナイスな
 こんにちは。

ハムラビ法に則った処刑方法を求めます。
但しこれはぼく個人の意見。

「犯罪」という揺るがぬ事実を前にして、考えなくてはならないことがとても辛く感じられますが、どのような内容、決定であれ、人が人を裁くことは無理がある。この根源的問題を乗り越えて行かないと、いつかは持たねばならない全的倫理観をものにすることは出来ないようにも思うのです。
被告側弁護士達がそのようなことを考えている訳ではないであろうことも想像に難くないのですが、人が人として何処へ行っても、誰と会っても恥ずかしくない生きものになるための紆余曲折の一形態として捉えるならば、それもまた許容の範囲と呼ばねばならないのかも知れません。

しかし、やっぱり個人的にはハムラビ法の適用を支持したいです。
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