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叱らない躾についてどう思いますか?

つい先程、携帯の掲示板で叱らない躾と言う物を見つけました。
内容は叱り方についてなのですが、現代の親たちは自分(親)の思い通りにならなかった時にも悪いことをした時と同じように叱っていると書かれてました。

子供が悪いことをしたら叱るのは当然なのですが、その際にも「子供がなぜそのような行動を取ったのか?」「どのように叱ればいいのか?」を考えながら叱らないと効果はないと書かれてました。

たしかに、親の都合で叱っていたのでは子供は親の言うことを聞かなくなってしまいます。(親と子でなくとも上司と平社員でも同じことですが)

例えば、親が家事をしてる時に子供が近くで遊んでいて「あっち行ってなさい!」なんて言ったって子供はわかってくれません。
子供からしてみれば、ただ遊んでいただけで叱られたわけですから、「なんで?遊んでちゃ駄目なの?」となってしまいます。
きちんと「ここで遊んでたら危ないから、向こうで遊んでてね。」とお願いしてあげた方が効果的だとボクは思います。

皆さんはどうお考えですか?

「大人から子供へお願いするなんて・・親は常に子供より上の立場に居なくてはならない」などと言った考えを持ってませんか?
状況を考えて正しい叱り方できてますか?

2008-03-11 05:26の質問
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回答(4)

1.

2008-03-11 06:55:42みんなナイスな
 これは日本の躾と欧米の躾を考えさせるいいご質問です。

日本では、「叱ってしつける」と言われます。またちょっと行儀が悪いと近所の方からも「あのうちは子どもの躾がなっていない」と陰口をたたかれます。それでなのか、子どもがちょっと悪いことをしただけでも、頭ごなしに子どもを叱りつける親が多いようです。最も、親に心の余裕がない場合も多いと思いますが・・・。これはこういうことでいいのでしょうか?

欧米は「肯定的発想の国」です。特に、小学校などでは子どもを褒めまくります。その方が子どもが前向きで何事にも積極的になるというのが理由です。例えば、先生が「日本という国を知っていますか?」と聞くと、子どもは「アニメを沢山作る国です」と答えます。すると先生は「よく知っていますね。えらいねえ!、○○ちゃん」とやたら褒めるのです。すると、翌日にはその子は日本のアニメビデオをクラスに持ってきて友達に見せたりします。そして先生は日本のアニメの話をクラスでしたりします。子どもは何でも出来るだけ褒めてあげ、「褒めながら育てる」というのが欧米の姿勢です。

また、子どもが何か悪いことをした時にはいきなり叱らず、「もしそんなことをされたらあなたならどう思う?」と考えさせます。いい答えが返って来れば先生はまた褒めます。

これに引き換え、日本は「否定発想の国」。先生も、母親も「あれはやっちゃいけない、これもダメ、・・・」と一日に何度言うのでしょうか? これでは子どもは萎縮してしまい、伸び伸びと育つ訳がありません(横道にそれますが、役所の減点評価主義も似ていると思います)。しかりつけるばかりで子どもが萎縮してしまい、自分の力で未来に向けて伸びていけないようになったらどうするのでしょうか? しつけの仕方も肯定思考と否定思考では当然違います。肯定思考は子どもを甘やかすことでは決してありません。この点をわきまえることは非常に重要です。皆さんの全面的賛成は頂けないかもしれませんが、これらの点は大いに考えてみる価値のあると思います。

最後に、もう一言。叱られ続けた子どもたちは(例え親のことを良く思っていなくても)、親になったときにはどうも親と同じように子どもを叱りつける否定発想の親になってしまうようです。これは国として「不幸の連鎖」と言わざるを得ません。(長文で失礼しました)。
回答レベル : 回答

回答ありがとう御座います。
長文を書いていただいたのに恐縮ですが、
usaさん自信はこの問題に対してどうお考えなのですか?
回答の中には日本と欧米の叱り方の違いしか入ってないように見受けられるのですが・・・

2.

2008-03-11 08:00:10みんなナイスな
「叱る」と「怒る」は違います。
思い通りにならないときに感情的になるのは「怒る」であって、子供には伝わらないのです。
「叱る」は子供に対する愛情から発する注意喚起であって、ときには体罰も含みます。体罰という言葉自体も今は否定的な面だけが取り上げられてしまってますが、本当の体罰とは「暴力のカテゴリーに入らない実力行使」であって、他に方法がない場合にのみ許される行為だと思っています。すなわち「痛みをもって気づかせる以外にこの子の命を救う術(すべ)がない」というときですね。

叱らない躾とは理想的ですが、威圧的な言葉を用いない叱り方だととらえれば、それもまた「叱る」ということなのだと思いますが…。

痛い思いをさせないとわからない状態であれば
愛の鞭が必要になってくるでしょうね。
でも、どんな理由であれ子供に手をあげるのには反対な僕としては、愛の鞭と言う方法もできる限り使いたくないですね。
言ってもわからないのに叩いてわかるとも限らないですしね。

3.

2008-03-11 16:51:30みんなナイスな
私も皆さんのご意見と同じです。

子どもへお願いする,なかなか難しいことですが,子育ての上手なお母さん方は,上手にお願いしたり,ほめたりしているようです。

子どもは,自分の思い通りにはならないね別人格の人間であることは当然ですが,親が情報に振り回されていたり,時間や体力,精神的にゆとりがない場合,子どもを一人の人間として対応することかは難しく,つい怒ってしまうのでしょう。

USAさんが書かれているように,アメリカは肯定的に子どもに接しますが,日本では,親の威厳を力で示したいと考えている親が多いようですね。
歴史だと思います。
それが,親子でルールも決めずに,親の感情で怒ってしまうことに,発展するのではないでしょうか。

お願いする,ほめる,ルールをまもらせる,これで親の威厳を失うことにつながるとは思いませんが…。

小学校の先生が話していました。
体がきついとき,クラスが荒れ始めたそうです。
それで,怒るのを辞めて,協力をお願いしたそうです。
クラスは落ち着き,大変な体でも授業を続けられた,と聞きました。

私も,学生がレポートをなかなか提出できないとき,一緒に考えたり,提出をお願いします。
また,後期の授業で,評価を「秀」か「優」を皆さんにつけたいので協力してほしいと学生さんにお願いしました。
結果,テスト勉強をみんな頑張ったようで,ほとんど全員が,90点を超えました。
「秀」を3分の2の学生に,出席日数不足の学生のほか,残りは「優」をつけることができました。

私は,子どもにお願いすることは,しつけの中でも効果的だと思っています。

5.

2008-03-12 20:08:36みんなナイスな
どんな歯車でこうなってしまったのか、よくわかりませんが、融通の利かない親や子供が増えてきているのではないでしょうか。

親は親で親の直近の価値判断に基づいて子供を叱り、子供は子供で直近で叱られたことしか判断できないから、同じ叱りを受けることを繰り返す。。

なので親もしつけされるべきでしょうね。親ももう一度その親に叱り方の躾をされるすべきだと思います。昔の躾方がそのまま現在に生かされるとは思えないので、今風にアレンジする必要はあると思いますけど。。その加減は難しいと思いますよ。

これで答えになってますでしょうか。

なかなか難しいですね
昔はどうかわかりませんけど
今は子供を上手く叱れない親が多いのは確かですね

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コメント(7)

#2.  usa
2008-03-11 08:33:17

回答1の補足: 自分の考えは、子どもが間違ったときには「その間違いを頭で分からせることが一番大切と思うので、叱りつけることが中心の伝統的な躾には大反対」ということです。

言葉は悪いですが、人間を「犬猫のトレーニングと一緒にするのは間違い」です。それで、欧米流の子どもの育て方の背景にある考える力、伸びる力を重視した「肯定的思考」を説明したいと思いました。分かりにくい回答で失礼しました。

2008-03-11 11:55:36

親(または上司や先輩)には
言ってもわからない=子供の理解力の問題と直結して考えず
言ってもわからない=自分の説明のしかたに問題があると捉えていただき、どうしたら相手に伝わる説明ができるのかを考えてほしいですね。
もちろん、全てが説明のしかたに問題があるというわけではないのですが、言ってもわからないからと言って、すぐに「愛の鞭」に頼るのは、叱る側にも叱られる側にもためになりません。

2008-03-11 20:54:22

私は子供の頃、ハタキやベルトでガンガン殴られましたが、無事まともな(?)大人になりました。

そういえば中学ぐらいから叱られた記憶がありません。勉強しろと言われた経験もありません。


個人的な意見ですが、幼い頃に叱られ慣れていない人は大人になっても上下関係を理解できない人が多いのではないかと、、、

2008-03-12 18:31:57

>>#4
確かに、まったく叱られなかったら、かのう兄弟さんの言うとおり大人になっても上下関係を理解できない人になってしまうでしょう。
「叱らない躾」というのは、「子供が何をしようが全く叱らない」というのではなく、「叱るべき時に正しい叱り方をし、親の都合で頭ごなしに叱らない」と言うことだと思います。そうすることによって親子の良き絆ができるのだとおもうのです。

#6.  usa
2008-03-12 22:03:02

>#5 私もそう思います。本人が本人なりに考えて分かるように叱るということです。本人に「その子なりの納得ができる」ことが一番大切ではないでしょうか。

(子どもを育てる意味では、その子が素直に納得したら、褒めてあげればなおいいと思います。「えらい、えらい」だけでもいいでしょう)。

#7.  bowlby
2008-03-15 10:04:43

ナイス,ありがとうございます。

叱るということは,暴力を伴うこと,と当然のように考える習慣が日本にはあるように感じています。

ほめることで,善悪の判断を教えるというしつけも国によってはあります。

叱ることは,親の一貫した考え方やその地域の慣習によって異なってくると思いますが,なぜ悪いことをするのか,その背景をまず親も教師も考える訓練が現代は,必要に思います。

それから,子どもを1度叱っても分からないのは当然,という事実も現代は,忘れがちのように感じます。

2008-03-15 10:44:51

しめられてますが・・・
躾において「叱らない」はありえないですし、また「叱ってばかり」もありえないです。
7歳児に毎週あるスポーツを教えていますが、「叱っても」うまくなりませんが「誉める」と驚くほどうまくなります。子供たちの「ほめられたい」「みとめてほしい」という欲求は食欲・睡眠欲とならんで大きなものです。

意外なのはわたしがゲンコツをおみまいすると喜ぶ子もいるのです。
おしりのことを「教育の丘」と表現したのはドイツでしたっけ???

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