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よく聖職者各位は、『聖書に~と記述されている』と言いますが、聖書の言葉を信じていいものでしょうか?
と言うのは、現在の聖書は、約2000年前にかかれた物ですが、初めはヘブライ語で記述されていました。それが2000年にわたって、いろんな聖職者・進学者・翻訳家によって翻訳・写本されてきましたが、当然誤訳や翻訳者・写本者の写し間違いや、主観が入ったりしているはずです。
いわゆる『伝言ゲーム』になっているはずです。
今の聖書が、果たして本当に『神・ジーザス』の御言葉何でしょうか?
信じていいのでしょうか?
2008-03-27 21:19の質問
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回答(5)
1.
2008-03-27 22:40:44

聖書は、約2000年前に記述されていますが、その記述にあたっては、「口伝」をまとめたにすぎませんから、おっしゃる通り真実の部分もあれば真実とかけ離れた部分もあるでしょう。
だから信じる、信じないは、読み手の感性に任されることでしょう。しかし、読み手がその事実を他の人に「信じさせる」のは行き過ぎだと思います。
教会葬を望む方は、牧師の「あなたは神の存在を信じますか」の問いに対して、「信じます」と答えなければなりません。これはおかしいと思います。
人は神の子と定義するなら、神の存在を信じる信じないにかかわらず神の子であるはずです。ゆえに教会葬を望む者はすべて無条件に受け入れられてしかるべき、と思います。
善人なおもて往生す。いわんや悪人においておや。
この東洋精神のほうが立派だと思いますよ。
だから信じる、信じないは、読み手の感性に任されることでしょう。しかし、読み手がその事実を他の人に「信じさせる」のは行き過ぎだと思います。
教会葬を望む方は、牧師の「あなたは神の存在を信じますか」の問いに対して、「信じます」と答えなければなりません。これはおかしいと思います。
人は神の子と定義するなら、神の存在を信じる信じないにかかわらず神の子であるはずです。ゆえに教会葬を望む者はすべて無条件に受け入れられてしかるべき、と思います。
善人なおもて往生す。いわんや悪人においておや。
この東洋精神のほうが立派だと思いますよ。
2.
2008-03-28 00:10:45

「聖書」は、読み物としてはおもしろいですが、
全体としては、たくさんのおかしなところや「神」自体の変遷があります。
もし、ほんとうに全能と言われる存在である神の書ならそんなことはあり得ません。
もし、口伝などで人が間違ったとしてもすぐに訂正できるはずです。
例えば、モーセが石版を割ってしまったので、書き直しをしています。
最近になって、地球が止まっていて太陽が動いているのではないと、法皇が認めたというように記憶していますが、
ダビデの戦いの時太陽の動きを遅くしたというような記述があります。
つまり、法皇でさえ、「聖書」に書かれていることをそのまま信じているのではないと言うことです。
全体としては、たくさんのおかしなところや「神」自体の変遷があります。
もし、ほんとうに全能と言われる存在である神の書ならそんなことはあり得ません。
もし、口伝などで人が間違ったとしてもすぐに訂正できるはずです。
例えば、モーセが石版を割ってしまったので、書き直しをしています。
最近になって、地球が止まっていて太陽が動いているのではないと、法皇が認めたというように記憶していますが、
ダビデの戦いの時太陽の動きを遅くしたというような記述があります。
つまり、法皇でさえ、「聖書」に書かれていることをそのまま信じているのではないと言うことです。
3.
2008-03-28 02:54:44

そりゃそうでしょう。
ある程度の思い込みや勘違い、また訳の間違いなどもあるかも知れません。
2000年前の話ですからね。
そして、聖書そのものを書いたのは人間なのです。
証として書かれたものですから、すべてが一字一句そのまま、ということもないでしょう。
決して神がペンを執って書いたわけではありませんし、そういうことを言い出すと他の宗教も成り立たなくなってしまうわけで・・・
こちらのサイトでこの問題について言及されている牧師がおられます。
信じるのもあなたの自由、信じないのも自由。
でも、聖書を読むことは、多くの人々の心のビタミンになっているし、みことばによって救われた経験のある人も多くいます(わたしもそのひとりです)。
それでも納得いかない、という場合は、お近くの教会の牧師・神父にお尋ねください。
過去に何度となくこういう質問を受けているでしょうから。
ある程度の思い込みや勘違い、また訳の間違いなどもあるかも知れません。
2000年前の話ですからね。
そして、聖書そのものを書いたのは人間なのです。
証として書かれたものですから、すべてが一字一句そのまま、ということもないでしょう。
決して神がペンを執って書いたわけではありませんし、そういうことを言い出すと他の宗教も成り立たなくなってしまうわけで・・・
こちらのサイトでこの問題について言及されている牧師がおられます。
信じるのもあなたの自由、信じないのも自由。
でも、聖書を読むことは、多くの人々の心のビタミンになっているし、みことばによって救われた経験のある人も多くいます(わたしもそのひとりです)。
それでも納得いかない、という場合は、お近くの教会の牧師・神父にお尋ねください。
過去に何度となくこういう質問を受けているでしょうから。
自信度 : 自信あり
4.
2008-03-28 06:47:19

まず、ジーザスとはイエスのことで、そのまま「神」という意味ではありません。
人それぞれに神観が異なるので、信じる信じないを一概にとらえることはできません。神の存在を否定する宗教もあるのですから…。
この世にあるもの(人工物を除く)をつぶさに観察すると、ある種の法則性や計画性のような意思の存在を認めざるを得ません。それを「神」と呼び、聖書の神と同一とするならば神は確かに存在するのでしょう。
人間が書いたことによって生じた間違いや矛盾を排除して信じるに足りる内容であれば、信じるのは自由。そして信じないのも自由ということになりませんか。
人それぞれに神観が異なるので、信じる信じないを一概にとらえることはできません。神の存在を否定する宗教もあるのですから…。
この世にあるもの(人工物を除く)をつぶさに観察すると、ある種の法則性や計画性のような意思の存在を認めざるを得ません。それを「神」と呼び、聖書の神と同一とするならば神は確かに存在するのでしょう。
人間が書いたことによって生じた間違いや矛盾を排除して信じるに足りる内容であれば、信じるのは自由。そして信じないのも自由ということになりませんか。
5.
2008-03-28 09:20:05

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コメント(3)
#1. ゾーロク
2008-03-28 11:16:41
過去にもあったかもしれないが、なかなかにいい質問と回答でした。
いや、自分の回答を誉めているわけではありません。
#2. BLUEPIXY
2008-03-28 17:02:34
回答2に書いている
ダビデは、ヨシュアの憶え違いだったようです。
#3. BLUEPIXY
2008-03-29 00:43:32
とりあえず、人の言葉を鵜呑みにする前に、自分で読んでみて判断してみて、それで判断に迷うようなら迷う部分を訊いてみるのがいいかと思います。
「旧約聖書」は、イスラエル(アブラハムの息子・子孫という意味でのイスラエル、祖先についても含まれているけど)の年代記として読む分には色々なことがわかって面白いです。
一度読んでみてください。
「新約聖書」についても、当然イエスが言ったことは含まれているにしても、色々な情勢や思惑で改竄されています、この場合、4つの福音書を比較してみることでどの部分が改竄されたのかわかりやすいと思います。
そういう研究書もたくさんでています。



