古代人の『三日月はサラダボールの形で水が溜まる』が理解出来ない。(考古)
中国の古代の研究者が『三日月はサラダボールの形で水が溜まる』と古代人が考えていたと結論し、どうやらヨーロッパ人の他の研究者個人も疑問を持たないかの様に書いてある本を今、読んでいます。だから縄文人もそう考えただろうと述べてる。何で??私は、おぼんの様な月だったり、弓矢の形の三日月と平面的に月を見る。科学的知識の無い古代人が何で月が球体だって感じるのかが、わからない。
皆さんはどう思います?
回答(1)
1.

今の日本人は例外を除けば 視力2.0かな。今時の若い人は凄く悪いよね。写真を撮ると眼が茶色に光る。アフリカの草原に生きてる原住民は視力4.0あるのだよね。但し先進国の明るい場所で生活すると視力は落ちる。
その当時の人は もっと視力が有ったと考えられる。例えば800mm望遠レンズで月を撮影すれば確かに球体に見えるが 写真にすると 平面になる。
合格解答とします、REをありがとう。でも本当はひまな素浪人さん自身はどう見えるのか書いてほしかったなぁ。
(*^。^*)
コメント(3)
なるほど、当時の人々は目が良いから球体だとわかったということね。
私の問いたかったのは、何故月が中央のへこんでいるサラダボール型なのかという点でした。だから三日月は横に見てるだけのサラダボール型なのだ、が理解出来なかった。質問文の書き方が変だったかな。
西洋では満月は窪んだ前向きの顔で三日月はあごのしゃくれた横顔と見る。これは月の神様が下界を見下ろしているとの感性から。
私はかぐや姫の話に書かれている様な丸い枠のある月の世界の入り口という感覚の方が理解出来る。(平面的に見えるから)日本人の感性は、こちらでは?と思ったのです。
でも視力が良いと考えたらば、まるいのがわかる、しかしそれを丸く球体で前に出ているとは考えずに、いわば目の錯覚として丸く凹んでいると見て、
月の満ち欠けを、中が凹んでるのが回ってるからと考える...古代人の非常に賢い発想だね。
もう解決されたようですが、何となくがすたんさんの質問の意味がわかったような気がするので書き込みます。
恐らくがすたんさんはサラダボウルを「上から」見た図を思い浮かべていませんか?
ここで言われているサラダボウルは「横から」見たものだと思います。
小さな子供に「サラダボウルの絵を描いて」と言った時に書く、横からの断面図のような絵。
その形と三日月が似ていると言う事ではないでしょうか?
ちなみにですが、古代人は(エジプトの壁画のように)絵を描くときに立体的に書くという発想はまだなかったようで、絵に遠近法が用いられたのはほんの最近の事です。たいていは真横か正面からの図を描いていました。
…こんな感じでよろしいでしょうか?
かずたんさん
ベスト ありがとうございます。僕は写真を撮るので色んな角度から其の物を撮影するのですが、お月様をその様に考えた事はありません。一度 月の周りを飛んでる かぐや には挑戦してみたいとは思ってます。




