回答(1)
1.
2008-04-11 17:47:16

戦前にはぬいぐるみで熊が多数派であったとは聞きませんが、特に戦後になって米国の影響でその傾向が強くなったように思います。
西欧では(特にアメリカでは)、熊のぬいぐるみを「テディー・ベア」と呼びます。これには、アメリカの第26代大統領セオドア・ルーズベルトが関係しているとのこと(テディーは同大統領のニックネーム)。ウィキペディアによれば、
『1902年の秋、ルーズベルト大統領は趣味である熊狩りに出掛けたが、獲物をしとめることができなかった。そこで同行していたハンターが年老いた雌熊を追いつめて最後の一発を大統領に頼んだが、ルーズベルト大統領は、「瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神に悖る」として撃たなかった。このことが同行していた新聞記者によって新聞に掲載され、このエピソードに因んで翌年、バーモント州のおもちゃメーカーが、熊のぬいぐるみにルーズベルト大統領の通称である「テディ」と名付けて発売した。その頃、ドイツのシュタイフ社の熊の縫いぐるみが大量にアメリカに輸入され、この名前が広まった』
とのことです。なお、同大統領は日露戦争終結のためのポーツマス条約で日露の条約締結の仲介をしたことで日本でもよく知られています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%87%E3...
西欧では(特にアメリカでは)、熊のぬいぐるみを「テディー・ベア」と呼びます。これには、アメリカの第26代大統領セオドア・ルーズベルトが関係しているとのこと(テディーは同大統領のニックネーム)。ウィキペディアによれば、
『1902年の秋、ルーズベルト大統領は趣味である熊狩りに出掛けたが、獲物をしとめることができなかった。そこで同行していたハンターが年老いた雌熊を追いつめて最後の一発を大統領に頼んだが、ルーズベルト大統領は、「瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神に悖る」として撃たなかった。このことが同行していた新聞記者によって新聞に掲載され、このエピソードに因んで翌年、バーモント州のおもちゃメーカーが、熊のぬいぐるみにルーズベルト大統領の通称である「テディ」と名付けて発売した。その頃、ドイツのシュタイフ社の熊の縫いぐるみが大量にアメリカに輸入され、この名前が広まった』
とのことです。なお、同大統領は日露戦争終結のためのポーツマス条約で日露の条約締結の仲介をしたことで日本でもよく知られています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%87%E3...
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ありがとうございました。
今、5歳児の姪に、その「テディー』を誕生日プレゼントにねだられていますが、高いので悩んでいますwww
「グリズリー ベアー』のぬいぐるみだったら、よい子はどう反応するでしょうねwww
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コメント(1)
#1. usa
2008-04-12 16:43:35
予算が許すのなら、できるだけテディ・ベアをあげてください。そうすれば、一生「おじさんからあのデディ・ベアをもらった」と言ってもらえますよ。私は小さいときにおじさんにプレゼントされたおもちゃの電気機関車が忘れられません。ベストどうもありがとう。
