解決済

臨終にあるお年寄りの医療行為(高くつく)は、するべきだと思いますか?

現在、日本の医療費は1年間で33兆円。20年後には、うなぎのぼりで56兆円になる見込みだそうです。
(ちなみに、日本の国家予算は約80兆円。GDPは500兆円。)

今、厚生労働省で、こういう議論があるそうです。
お年寄りが亡くなろうとしている時、家族が1時間でも1分でも生かしてほしいと望み、色々な治療がされ、それがかさむと500万円、1千万円の金額になる。家族の感情から発生した医療費を、若い世代が負担するとなると、若い世代の負担意欲が薄らぐ可能性がある。それを抑制する仕組みを検討しなくてはならない、と。

この、死ぬ間際の延命のための医療費は、1年間で0.9兆円になるそうです。削減できれば、財政的な負担を軽減できます。

ここまでえぐい分野まで削減を考えるのは、医療制度自体が崩壊の危機にあるからですが、この行政内での議論には、哲学・思想的な側面がゴッソリ欠け落ちています。
日本には、終末期、延命治療の定義もいまだないそうです。尊厳死や死生観の問題も絡みます。
これらは、人間の内面の問題なので、政治が深く踏み込むべき分野ではないとも言えますが、そのぶん、国民が世論形成の過程で、避けて通れない問題だと思います。我々の人生観、社会観にまで影響を与える問題だからです。

一市民、一国民として、あなたはどう考えますか?

2008-05-11 14:58の質問
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回答(7)

6.

2008-05-12 22:49:44ベスト
難しい問題です。
本人が延命を望まないケースを排除して考える傾向にありますが、eddyさんのおっしゃるとおりで意外に本人がもう終わりにしてほしいということも多いように感じます。
末期がんはつらくて、本人も家族もたえられない状況になります。
この問題安楽死をどう考えるかまでいきそうです。宗教感も大いに影響します。

延命に使うべきお金を若いかたの治療に使うべきかどうかは国なり病床にある老人やその家族が考えることではないです。延命しなければ他の誰かが助かったとしてもそんなことは関係ありません。持っているお金をどう使おうが持っている人の自由です。

また延命措置が保険対象になるならないを考えて行動を選択するひとはいないでしょう。虫歯治療ではないですから。

何が何でも延命するのも個人の尊厳を損ねるものだと思います。命を神から授かったものと考えれば軽々しくはあつかえないですが尊厳死は認めるのも あり と考えます。

どうもありがとうございます。熱心に、また冷静に議論のやりとりができたので、うれしいです。

1.

2008-05-11 21:42:31ベター
人間の命は,お金に監査かできるものではないと思います。

病床にある当人と,家族の願いを,お金に換算して考える前に,経済の仕組みの中で,税金を支払う能力を行使していない企業や法人から税金を徴収する方法を考えるのが先だと考えています。

支出についても,命を切り捨てる前に,見直すものがたくさんあると思います。

ありがとうございます。
民主党もだいたい同じ意見を主張していると思います。
問題は、これが、医療制度の問題にとどまらず、財政、行政改革に及ぶ広範な問題で、実際に有効な政策を出せるかどうかだと思いますが、民主党自身も、あまり具体的な政策は出せていないのが現状だと思います。僕も、問題の全体像をつかもうと、調べたりしているのですが、いまだ納得できるところまで理解できていません。
だから、別のところを切り詰めるべきだ、という一般論はすぐに出てくるのですが、具体的にどこを削ればいいか、というのがよく分らないです。それが、この問題の難しいところだと思います。

2.

2008-05-12 05:17:47ベター
 昨今、何でもかんでも金に換算して物事を決める傾向が強まっていますが、世の中間違ってきていると思います。

人間社会では、よく言われるように「金で買えないもの」が沢山あります。人の愛は金だけでは買えません。長年培った技術や誇りもそうです。ましてや人の命は金では買えません。金以外に、根本的に重要なものがあります。国があたかも「金で人の命も買えるような風潮をあおるとすれば大間違い!

延命治療をするかどうか、するとすればどこまでするかは(本人も含めた)家族に任せられるべきであり、延命治療は望ましくないなどと国が介入すべきではないです。国が介入したとしても、不幸な子どもたちの臓器移植のように、日本で出来なければ外国に行くケースが増えるだけ。そして、外国からは「日本は国内では生命に金をかけず、外国を頼りにする国だ」と思われてしまいます。

日本国民は「時代に合った考え方の出来る誇りある国でありたい」と思っているはず。そうならば、政治家や立法府や行政がそんな動きを具体化しようとすれば大反対をして動きを押しとどめると思います。

在米者として、ひとつ面白い点を指摘したいと思います。言葉だけでなく、地方分権化が進むと、こういう問題は自分たちの住む地方の問題ともなりうるという点です。話はちょっと違いますが、進歩的な米国東部では「知恵遅れの子どもたちをちゃんと育てるのは町の責任」とされます。そのため、町の予算で運営される公立学校では6歳児の幼稚園レベルから特殊学級が用意され、専門資格者が教育に当ります。完備した施設含め運営は町の予算と責任で行われています(英語の話せない外国人師弟への英語教育ESLも個々の町の責任です)。社会保障に大きな予算をかける進歩的な町は米国でも最先端と言われます。延命治療の問題も我々の身近で考えなければならなくなってきます。

予算上では、全てを金に換算して考えることは非常に重要ですが、考え違いして、世の中、金が全てと思うのは大間違い。そういう事をしていると社会的に弱いお年寄りや年端の行かない子どもたち、生まれつき病気のある人たちが切り捨てられる社会になってしまいます。現代版姨捨てをしてはならないと思います。終末期の延命治療は費用的制約の元で自由であるべきです。

日本を今まで背負ってきたお年寄りたちがあってこそ現在の私たちがあることを忘れてはいけません。
回答レベル : 回答

後半の、社会保障の先端事例は興味深い話だと思いました。
日本でも、岩手県の沢内村みたいな、昔から注目されているところもありますね。
地方で福祉に大きな予算をつぎ込み継続的にやっていくには、市民の理解の醸成が必要だと思いますが、日本には、老人福祉に本気で取り組もうという感じが、ないと思います。それは、高齢者が貯蓄があって、市場としてはかなり大きいにも関わらず、その市場を本気になって開拓しようというめぼしい企業が、日本にはあらわれていない所に如実にあらわれています。たとえば外食産業が、高齢者に適した食べ物を開発するとか、ワコールが女性下着にこだわったように、老人の下着にこだわりまくるようなパワフルな企業が出てこないし。
僕は、一般市民が老人福祉については、臭いものに蓋、という感じでいるから、それが行政の態度になって出てきているのだと思います。

3.

2008-05-12 12:02:55
皆様の言うとおりです!

臨終にあって老人だろうと若者であろうと家族が1分でも「長く生きていてほしい」と思い医師もその治療に全力を注いでくれているわけなんだから、政府に金額どうのなんて言われたく無いですね。まったく。

もしも・・・あと5分で100歳の誕生日を迎える老人がいたとして、本人が100歳まで生きたいと常日頃から言っていたのに、
「延命治療はできません。お金の無駄です。」
なんて言われて100歳になれずに死んでいったとしたら化けて出るかもしれませんよ。

家族だって心残りでしかたないでしょう。

実母も姑も老人ですが、たとえ1分だろうと長く生きていてもらえるなら治療してほしいと思っています。

1分あれば最後の伝えたかった一言が伝えられるかも知れない。1分あれば最後に見せたかったものが見せてあげられるかも知れないのです。

臨終における治療費の削減の前に政府はもっとしなければいけないことが山のようにあるはずです。

目をつけるところ、間違ってますよ。ほんとに。

どうかしてますよ、この国は。

4.

2008-05-12 15:14:48ベター
私の祖母は99歳で2年前なくなりました。脳梗塞で入院していて、高齢のため食道と気管との弁がうまく動かなくて流動食が肺に入り呼吸ができなくなりました。気道から掃除機みたいなので吸い出すのですがそれはもう苦しそうでした。これ以上続けるとショック死するかもしれないしとにかく見ておれませんでした。続けるかどうか聞かれてもうやめてくれるよう言いました。続けてもやめてももう死にそうでしたが・・・・。その時は 金がかかるから止めるとは思いませんでしたが止めてくれるよういいました。自分が、がんで余命いくばくも無ければ「延命治療はいらない」と家族には意思表示はしています。これは「個人の意思」の問題であり金がかかるから って言うものではないと思います。それを医療機関が「アンケート」で聞くのは私はよい事だと思います。残酷だ とか言っている方も居られますがその方は「最後まで延命治療」を選択すればよいと思います。死の尊厳は、自分で選択するのがよいと思います。金が無いからすべての人の延命を中止すする事は反対です!
自信度 : 自信あり 回答レベル : 回答

ありがとうございます。
僕自身は、臨終を迎え、そういうアンケートを聞かれたら、延命治療は一切しなくていいです、と答えると思います。臓器提供もOKですし。

5.

2008-05-12 20:07:46
もう手の尽くしようがなくなった祖母でしたが、それでも心臓が止まると電気ショックなど延命治療を何度もしていただきました。
何をしても助からないと頭ではわかっていても、1秒でもいいから生きてほしいというのが家族の思いだと思います。
それがお金がかかると言うのは、それはそうかもしれないけれど、お金と命は比べられません。

事前に自分で延命治療を断っているならばともかく、国から命令されて延命治療を拒まされるのは筋が違うと思います。

7.

2008-05-13 01:19:59ベター
うーん、此れは非常に難問ですね。まぁ~政治とか、医学的な問題は良く分かりませんが心情的に身内や極親しい人の終末に経ち会う時其れは1分1秒でも吐息が切れない様にと思うのは人間で有るが故の性で有り、心情でも有ると思います。如何にその人が自分の人生を大切に生きて来たかそして、周りの人達もその人に対して、如何に思いを寄せ感謝している心を表す事の結果が終末医療では無いかと思います。只、此処で単に医療にお金を掛ければ良いと言うのでは無く、「心無圭疑」しんむーけーげーと言う般若心経の1節が有ります。心に何一つの疑いも無いもう少し生きて居て欲しいと言う気持ちが終末医療の一部として、現れるのだと思います。
自信度 : 自信なし

ありがとうございます。
僕自身は、自分の父が死んだ時に感じたことを、こういう問題を考える時に思い出して判断の材料にすることが多いです。
日本人は、正面からこういう問題を問われれば、「一分一秒でも長く」と答える人が多いでしょう。
しかしその一方で、小津安二郎の「東京物語」みたいな、タテマエの後ろにある、現実のもっと乾いた気持ちがあると思います。政治的に話をする時は、そういうものが陰にかくれて、出てきにくいですが。

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コメント(7)

#2.  plausible
2008-05-12 21:18:03

皆様ご回答ありがとうございます。
もっと詳しく書くべきだったかもしれませんが、厚生労働省によると、医者が、「この患者はもう長くない」と判断した場合、患者またはその家族にアンケートをして、延命治療を種類ごとに分けて、してほしいかどうかを聞き、望む人にはする、望まない人にはしない、ということを考えているようです。民主党などによると、そういうアンケートする事自体が、「無駄なことはできたらやめてくれ」というプレッシャーになって問題だ、ということです。

皆様のご回答、興味深く拝見しています。
ところで、もし延命治療が、保険の対象外になっても、しますか?
また、もし延命治療をしないことで浮いた財源で、若い人や貧しい人の病気を治すことに充てられる、とすれば、どう考えますか?
すでに回答された方もよろしければまたお願いします。

#3.  usa
2008-05-12 22:41:28

いろんなケースと状況があると思いますが、一般論としては本人に過大な苦しみを与えなければできるだけ延命したいと思います。金の問題でなく親子の気持ちの問題です。誰に対してもこういう気持ちは大切に出来るようにしたいものと思います。

#4.  plausible
2008-05-12 22:58:37

>>6
>延命しなければ他の誰かが助かったとしてもそんなことは関係ありません。持っているお金をどう使おうが持っている人の自由です。

これは、治療費全額を自費でまかなう場合は、その通りでしょう。
しかし、保険で何割か公費が入る場合は、他人は関係ない、とは言えないと思いますが、どうでしょうか?

2008-05-15 00:21:30

>>#2
また、もし延命治療をしないことで浮いた財源で、若い人や貧しい人の病気を治すことに充てられる、とすれば、どう考えますか?

これは具体的にどのような状況を想定されているのでしょう?

老人の延命治療ゆえ財源が逼迫し保険料がアップしてしまうことは想定されます。
そこで延命治療しないようになると若い人や貧しい人は救われるのでしょうか?
支出が減れば基本的には保険料がダウンすることが想定されますが???

保険料がアップすることで若い人、貧しい人の可処分所得が減ってしまい治療にさえかけるお金がなくなってしまうような状況を想定しているのでしょうか?

延命治療を避けることで解決に導くのは無理があるように感じましたがどうでしょう?

#6.  plausible
2008-05-15 23:40:10

>>#5
これは、医療費という限られたパイを、どういう優先順位で配るべきか、というマクロの視点で考えたものです。
ですが、具体的なケースにするならば、高齢者の医療費のために健康保険料が上がり、若い非正規雇用者が保険料を支払えなくなり、病院に行く必要があっても行けなくなる、ということがあると思います。あるいはご指摘のように、保険料負担のために貯金ができず、いざ大病の時の医療費が賄えないというケースでもいいです。
しかし僕が考えたのは、マクロの視点です。厚生労働省が終末期医療の見直しを考えているのも、医療保険制度が崩壊の危機にあるからです。もし制度が崩壊したら、何の咎もない若い世代がとばっちりをくうことになります。

2008-05-18 15:30:40

ベター,ありがとうございます。

2008-05-19 00:16:06

plausibleさん
ありがとうございます。
本件は延命治療というものに対する意見と健康保険制度のありかたに対する意見を求めることとなりたいへん難しい質問でした。

保険金の享受、保険料の支払いのバランスにおいていつの世も若い世代は損をしてしまう構図にありますね。
それより、医療については様々な問題があり延命治療よりも優先して議論されるべきことが山積みです。

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