24時間テレビに偽善的なものを感じてしまいます。私だけ?
いよいよ明日、24時間テレビが放送となりますね。私はこの番組に、あるときから偽善的な匂いを感じています。
無理やり感動を押し付けられているような。
数年前から一切見ないことにしているのですが、日本テレビ系の番組では既にお祭り騒ぎモードに入っています。
タレントが馬鹿騒ぎするバラエティーショーのような募金、「どうです、感動したでしょう!」と言わんばかりの企画には、私はうんざりしています。
通常の番組の中で「募金をお願いしています」と、テロップでも流すだけでもいいんじゃないかと思います。
心の狭い私ですから、こんな風に思ってしまうのかも知れません。
皆さんはいかがでしょうか?
回答(10)
10.

いえ、決してそうは思いません。
むしろ、正しい批判能力をお持ちだと思います。
これだけネットが発達した状況で、わざわざあのような大がかりなセット、すごい数のタレントにギャラを払って(→これは既に公然の事実)、言うところの「チャリティ」を行う意味はありません。
それだけの制作費をかけるのであれば、それを寄付するのが本当でしょう。
それに、本当にチャリティをやるのに、何で一年に一度なんでしょうか?
日本テレビほどの知名度、制作能力を持っていれば、年中キャンペーンやっても十分な募金額を得ることができるでしょうに。
くだんのマラソンも、どこがチャリティと関係あるんでしょうか?
ずぶの素人に100kmも走らせるなんて無茶な企画、単なる感動の押し売りにしか思えないのですが。
志のある人は、24時間テレビの放映如何に関わらず、常に目立たない形で実行に移されています。
まあ、最近はテレビのスポンサー料も右肩下がりだと聞きますから、視聴しない人が多くなれば自然消滅するでしょう。
視聴者はそんなにバカではありませんから...
やすよさん、はじめまして。回答ありがとうございます。
同じように感じておられる方が、私一人ではなく安心しました。
そうですね、このネット時代ですから、テレビ局のHPで呼びかけ、いつもキャンペーンをするという方法もありますね。
普段からスポーツをしていなかったタレントに100キロもの距離を走らせるマラソンも無茶ですね。
もし万一事故でもあったらどうするのでしょう・・
アキレス腱を切ってしまうとか、そのうち起こりそうな気がします。
1.

番組はボランティアで支えられているようなことを言っておいてですよ。
子供の貯金を巻き上げておいて、何億円か集まったようだけど福祉バスが数台寄贈されただけ。
大半の金はどこへ行ったんだ!
週刊誌で大きくこの偽善番組を取り上げてました。
内容を読んで、ただ、唖然!
以来このての企画は見ません。
マラソンもフィナーレに合わせて、感動の登場です。
お決まりの女子アナの涙も添えてね。
だまされている視聴者は多いでしょうね。
英明さん、回答ありがとうございます。
一番最初には、ここまでの偽善の匂いは感じなかったんですがねえ。
たぶん、芸能人がマラソンやりだした辺りから、なんだかおかしいぞ?と思い始めました。
2.

障害者を取り上げたテレビドラマや映画もほとんど見ません。
なぜならば・・美しすぎるから。キレイすぎるのです。
「こんなんじゃないよー!」みたいな。
だけど、障害者に接したことがない人、障害者のことを知らない人に
「そのような人もいるんだ」と、わずかでも思ってもらえるならヨシとするってカンジです。。
POPさん、回答ありがとうございます。
24時間テレビの中で、必ずドラマは放送されますね。
私も、なんだかキレイすぎると思います。
ツッコミ入れたくなるくらいです。
でも、たしかに障害者との接触が少ない人への「入り口」にはなるかもしれませんね。
3.

そこそこ募金しました。
でもこれが終わると8月終わったなぁ~
っていう感じです。まぁ風物詩ですな。
多分見る人のほとんどはそんな感じじゃないかと・・
1年に1回ぐらい誰かを応援して募金して
お~と思うのもええと思います。
たとえそれが「あんたどんだけFAX用紙つかうねん?」とか「そんな芸人いたんだ・・」とか
思ってもまぁええじゃないかと・・
夏の終わりの風物詩、そういう考え方もありましたか!
夏祭りに神社に行って、拝んで十円入れてくる・・のとはちょっと違うか(笑・不謹慎?)
>たとえそれが「あんたどんだけFAX用紙つかうねん?」とか「そんな芸人いたんだ・・」とか
ツッコミ甲斐はあるかも知れませんねw
4.

テレビ番組は、民放ならばスポンサーの宣伝費がないと、番組が作れないわけです。
視聴率が宣伝したことの証として、テレビ番組の評価になるわけで、視聴質というものは評価されません。これが大前提。
たくさんの人がチャンネルを合わせてくれれば、それでいいのです。募金が集まってよろこんでいるのは、テレビ局の誰なんでしょう?
視聴率がとれる内容を24時間分作ることが、制作者に課せられた業務ですから、お涙ちょーだいにわざとらしく作られてしまうのは、当たり前なんです。その極めツケがマラソンですね。
ようは偽善だと思って見ない人が増えれば、来年はなくなるのでは・・・
あのマラソンの意義が、私にはそもそもわかりません。
スポーツ経験のないタレントや、高齢のタレントに走らせて、感動するのでしょうか・・
偽善だと思い始めている人が多いのでは、という気がしてきました。
そのうちなくなるかも知れませんね。
7.

楽しみだったコーナーは、手塚治虫のアニメでしたね。毎年、それだけは欠かさず観ていました。
でも、手塚治虫が亡くなってアニメも終了してしまってからは、しばらく観ていませんでした。
現在は娯楽番組として、観ています。
特に、芸能人の24時間マラソン!
今年は、無事に走りきれるのかどうかとか、
どこで、笑いをとるのかとか・・・
24時間テレビの本来の趣旨を無視していると、真剣に観ている人が怒るかも知れませんが・・・
テレビ番組自体が、(24時間テレビに限らず)偽善っぽいですよね。真実半分、ウソ半分。楽しんでみるためにも、すべてを本気にして観ないようにしています。
健康番組で紹介された事なども、半信半疑。興味が湧いたら、自分で試して真偽を決めています。
もし、子供がこの24時間テレビに協力募金をしたいと言えば、一緒に行ってやりますよ。
子供のそういう気持ちが大事だと思いますし、そういう気持ちを持たせてくれただけでも、この番組の価値はあると思っています。
できれば、そういう大切な気持ちに真っ向から応えてくれる番組であって欲しいとは思いますけれど・・・
娯楽番組として捉える、という見方ですか、そういう考え方もありかな?
芸能人のマラソン、以前アンガールズが走っているときに沿道で応援していたおばあさんが触った、といってスタッフが怒鳴りつけた、と問題になりましたよね・・
>そういう気持ちを持たせてくれただけでも、この番組の価値はあると思っています。
24時間でやる必要、マラソンを芸能人に走らせる必要を、私はあまり感じません。
もっと別のやり方があるでしょ、と思う次第です。
8.

全く同感です。
本当に誰かの為を思ってやるのなら、こんな大掛かりにしなくても一人一人がボランティア等を行えばいい話。
結局、スポンサーを集める為の言い訳にしか見えません。
私は1度チラリと見ただけで、それ以来1度も見ていません。
特にマラソンとか意味分からない。
足を故障するほどの距離を走らせ、お涙チョーダイにはウンザリ。
無理やり感動を作ろうとしているのがミエミエで萎えちゃいます
>本当に誰かの為を思ってやるのなら、こんな大掛かりにしなくても一人一人がボランティア等を行えばいい話。
まったく同じ気持ちです。
テレビ局の事業として行いたいならば、もっと別の方法があります。
それよりも普段から、人を思いやる気持ちを育てるような要素の入った番組を作ってほしいな、と思います。
芸能人マラソンは意味わかりませんよね。
感動は、無理やりさせられても後に残らないものだと思います。
9.
僕はあまり観て無いので そこまでは気が付きませんでした。 それより 24時間で100Kmはそんなに 大変なんですか。僕は今でも 12時間で60Kmは 歩き ますよ。当然 夜中だから。
マラソンなんか しなくて良いと毎年思ってます。
丁度 24時間頃にゴールするのは ワザとらしい感動を 付ける為かなと 思ってますが。
11.

間違っているかもしれませんが、
私は、
・チャリティー ≒ 感動
・感動 ⇒ チャリティー
の構図に少し疑問を感じます。
志を持って、チャリティーの為に何かをやり遂げたりするのはとても素晴らしいことだと思います。マラソンもその為に頑張れることは素晴らしいと思います。
しかし、人が何かを成し遂げたり、努力する姿などは見る人に感動を呼びますが、チャリティーの為だから感動している、とかチャリティー番組をみて感動したから募金しますとかっていうのは、少し違和感を感じてしまいました。
感動の対価としてのお金という感じがあったりするのと、チャリティーそれ自体が「感動」だと思ってしまうかもしれないことなど・・・
感動なくともチャリティーは成立するはずなので。
テレビ局はスポンサーを募って、各企業と一緒に利益の一部を寄付すれば良いように思います。
snowjinさん、回答ありがとうございました。
そうなんです、チャリティーのために感動させられている、という気がして、どうも違和感を覚えるんです。
感動しない人間は心が狭い、人間としてどこか心の中に欠落した部分がある、と言われ、押し付けられているようで・・・
私自身も障害者手帳を持っているのですが、その立場の私もそんな気持ちになってしまいます。
>感動なくともチャリティーは成立するはずなので。
成立します、きっと。
あんなに大規模にお祭り騒ぎをする必要はないです。
12.

「世界まる見え」でおなじみの所ジョージさんも
以前24時間TVの出演の際に、同じように偽善的な何かを感じて以来断り続けているそうです。
確かに深夜時間帯での芸人たちのギャラも結構な額になりますし、募金の詳細も疑念の種があります。
また同等に萩本 欽一も以前「ギャラが少なすぎる!もっと上げてくれ」とせがみましたが、裏では全額を寄付したという噂もあります。それはそれでイイ話ですが・・・
マラソンに云々ありますが、あれは既に恒例です。
感動を与えるという次元ではなく
24時間TVのチャリティー=有名人によるマラソン
という事象はもはや象徴的なものといってもいいのではないでしょうか?
からあげRさん、回答ありがとうございます。
出演者のギャラは膨大な額になるでしょうね。
いっそ、読売テレビ系列のアナウンサーだけで行えば、と思わなくもないです。
所ジョージさんのお話は初めて聞きました。
ビートたけしさんも、似たような理由で出演を断っているそうですね。
マラソンは象徴行為ですか、そういう見方もできますね。
コメント(13)
まったく同感ですね。
でもまあ、偽善でもそれなりに役立ちます。
普段から日本テレビが真面目な真摯な放送をしていればよかったのかもしれませんねぇ。
偽善にさえいたってないレベルですよね。
あまりそのような番組は見ません。
芸人にマラソンさせてなぜ感動するのか理解不能です。
集めた募金が有効に活用されていればまだしも、事実は不透明だったのです。
あきれ返りました。
それ以降、TV局への信頼はなくなりました。
1回目の放送で高視聴率だったので味をしめたようです。
でも週刊誌で色々暴露されてからは表向きはそれなりの内容のようです。
#2. NIPO.ASIAさん
そんな難しいコトを・・・(笑)
なんだか、マラソンを楽しみにしている私はいったい・・・
別に、芸能人でなくてもいいと思っています。
普通はできないだろうに・・・と思う事に、チャレンジしてる姿を見るのが、いいんです!
>>#8
玉砂利華子さん
すいません。
でもマラソンがお好きであればマラソンの番組でいいと思うんです。
わたしはお笑いが大好きなので、マラソンでテレビにでなくても・・・・芸で勝負してほしいと思ってしまいます。
寄付がしたければ24時間どころか365日赤十字なりユニセフにすればいい話です。
ボランティアがしたければ街の掃除からすればいいのに。。と思うんです。
>>#8. 玉砂利華子さん
テリー・ギリアムさんが仰っているように、芸能人は各々の芸で勝負してほしい、と私も思うんですよ。
歌手なら歌で、俳優なら芝居で、お笑いならお笑いで。
その中で、たとえば公演の受付に募金箱を置いて、そのまま福祉団体に寄付する、とか、自分のギャラの中から少し寄付する・・・とか。
その人の志が、口に出さずとも芸に出ればいいのではないでしょうか。
>>#10. テリー・ギリアムさん
>ボランティアがしたければ街の掃除からすればいいのに。。と思うんです。
その気持ちを育てることがまず大切で、年に一度のお祭りで終わってしまうのは悲しいですよね。
皆様、回答・コメントありがとうございました。
皆さんにベターを差し上げて、ナイスで閉めたかったのですが、そうもいかない事情がありまして・・・(笑)
最初の回答に私の質問を選んでくださった、やすよさんにベストをお渡ししたいと思います。



