日本国憲法について
憲法第一章「天皇」と第三章「国民の権利及び義務」の矛盾に疑問を感じませんか。特に、第十四条第一項について。
「すべて国民は、法の下に平等であって。人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」
回答(2)
1.

天皇(と皇族)は戸籍ではなく、皇統譜というものがあります。(厳密には天皇・皇后のものは「大統譜」)
明治憲法では、国民は臣民と表されており、「天皇の民」でした。
今も皇室典範に則って「国民」とは異なる扱いがされており、国民に保障されている基本的人権も適用外です。
以前ある皇族が、皇族を離脱したいと発言したり、最近もmixyに出現したとかいう話がありましたね。
たぶん、精神的にはとても窮屈な生活なのでしょう。
自分のつきたい職業にもつけないし、住みたい場所にも住めないし、結婚にも制限が多いし。
天皇制には大いに疑問を感じていますが、彼らはちょっと気の毒な人々なのかも知れません。
2.

皇族には日本国籍がありません。そういう意味では、我々一般庶民のように「日本国民としての権利」が保障されていないことになります。
イメージが先行して皇族に優雅できらびやかな印象をお持ちなら、その認識は誤ってます。
第1章と第3章の間に、仮に矛盾があるとして、どちらかが不利益を被っているとするならば、それは皇族方のほうだと思いますよ。
コメント(11)
てんぷら☆さんらいずさんがおっしゃってることは十分に承知しています。
そのこと自体に疑問を持ちませんかと、聞いているのです。
第十条に、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」とあります。
国籍ですね。天皇に国籍がないということは、非国民ということになります。逆差別ですね。
天皇制が無ければ、日本の国はなりたたないのでしょうか?
どうも、私の言わんとするところをご理解いただけないようです。
おっしゃってる通り、皇族のほうが不利益は多いでしょう。
だから、皇族にも国籍を与え、我々と同じように基本的人権を享受させるべきなのです。
第九条も含めて、書生論と片づけずに、再考する時期がきているような気がしてなりません。
私は天皇制と天皇家を分けて考えています。
じいじさんの仰る意味解りました。外国の王室の様な感じかな。税金はどうしましょう、税金で食べてる人達ですから。仕事に就き収入が有れば国からの予算は引く、当然結婚の自由、離婚の自由もありですね。財産も自分で築く。
僕は自民党は好きですが 天皇制の必要性は感じていません。 先の敗北の戦いで 何人が天皇陛下万歳と言って死んだのだろう。
先の大戦で「天皇陛下万歳」と叫んで死んでいった人が何人いるでしょうか。私はほとんどいないと思っているのです。
たしかに特攻隊員などの遺書には書いてありますよ。検閲されますからね。
でもね忌の際に思い出すのは母親であって、天皇ではないと確信しています。っていうか、ほぼ経験則なので譲れません。
さて、天皇の名の下に死んだ人がいたからといって、そのへんの事情は各国とも大同小異で、たとえばアメリカに天皇も国王もいませんが「国家」に忠誠を誓わせましたよね。
ことさら日本だけに天皇制が不必要という話に持って行くのは無理があります。
天皇は無国籍のままがいいのです。国籍を持つと基本的人権が保障されますが、納税の義務が生じます。天皇家から税金取れませんわ。
ひまな素浪人さん。
皇室費は、他の国家予算と違って、年度末に使い切れなくとも、皇室の財産に組み込まれるそうです。
そして、その皇室費を使って、株投資がなされ、皇室の財産はいやさかに増えていくのです。
なぜなら、株投資を担う投資会社は恐れ多くも失敗する株を選ばないからです。
先の大戦で戦死した兵士の多くは「天皇万歳」と言って死んでいったのはわずかの兵で、多くは「かあちゃん」と言って死んでいったのが実状のようです。
また、戦死せずに済んだ復員兵が、敗戦後の昭和二十年代、天皇を「天ちゃん」と呼んで鬱憤を晴らしました。
小学四、五年のころ、私は周りの大人たちが、そう言うのを聞いています。
へびーぱんちさん。
アメリカ国家は生身の人間ではありません。
生身の天皇を象徴とすることに無理があるのです。
ちなみに、アメリカでは大統領個々人ではなく、大統領の座を護ります。
また、星条旗を焼き捨てても罪にはなりません。
そのような連邦裁判所の判決が出ています。
天皇から税はとれないと言いますが、
国有の皇居から京都の御所に移り住んで、御所を国から譲り受けて、天皇制を熱烈に支持する国民が
天皇家を支えればよいだけの話です。
一人年一万円の浄財を寄付すれば、百万単位で天皇制支持者がいるでしょうから、税金を納めても皇族たちは十分に生活していけるでしょう。
私が、天皇制と天皇家は別だと主張する根拠はそのへんにあります。
天皇制に、なぜこだわるのかではなく、なぜこだわらないのかと言うのが私の立場です。
>>#7
じいじさん。
あなたの理想は尊重しますが、天皇制を否定したいならば、それ相応の理論付けを行ったうえで広く国民に訴えれば良いのではありませんか。
私に対してムキになられても、すでに述べたように「譲れません」のでね。
これは質問に不備があると思う。
疑問を感じないか、というのが問いならば、回答1は疑問を感じるとはっきり答えているし、回答2
仮に矛盾があるとして、不利益を被っているとすれば皇族方のほう」と答えているのだから、回答としては成立している。
「私の言わんとすることを理解していただけない」のではなく、理解できる書き方がされていないだけなのではないか。
最初の質問の段階で、何が問いたいかはっきりすべき。
非国民は「国民に非ず」という意味ではあるが、それは皇室方に馴染む表現ではない。
戦時中に国家に背いた者に対してかけられた言葉であるので、そもそもの用法からして間違っている。
意識的に時間をおきました。私の質問の仕方が幼稚なせいか、意見に齟齬があるようで、別の角度から、いずれ改めて質問させていただきます。
そんなわけで、一応閉じます。
ヘビーパンチさん、別にムキにはなってません。
ただ、平等と対等はどう違うのですか。
ぜひ、ジョージ・オーウェルの「動物農場」をお読みください。
最後に。今回の私の質問の根底には、昭和天皇の戦争責任があります。
昭和天皇が、戦後、記者会見で発した、戦争責任と原爆投下についての文言は無視するわけには生きません。その全文を紹介するには長すぎるので、次の映像をご覧になられたい。天皇の肉声です。
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070704/p2
先ほどの私のコメント、天皇の映像には、原爆投下についての発言しか載っていませんでした。
戦争責任を問われての答は次のとおりです。
「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えできかねます」
昭和天皇が、沖縄戦で完全に敗北を悟った時点で降伏していれば、広島・長崎の原爆投下はなかったのに、まるで他人事です。





