回答(3)
1.

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ
2.

3.

コメント(4)
信長さん。早速ありがとうございます。
「雨ニモマケズ」、小学校高学年の時暗誦させられて、今でも半分くらいは復唱できます。
賢治の詩で一番好きなのは、死期の迫った妹とし子の枕べて詠った、「永訣の朝」です。最初の数行を引用します。
けふのうちに とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや) 括弧内は妹とし子の言葉で、方言で「雨雪取ってきてください」の意です。
20世紀少年さん。
ありがとうございます。
啄木は中学時代、読み漁りました。
「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心」
「函館の青柳町こそ悲しけれ友の恋歌矢車の花」
評論では、「時代閉塞の現状」は日本の現状を見通していたかのような秀作です。
晶子は高校時代、引き込まれました。
彼女は夫鉄幹との間に十一人の子を儲けた、正しく日本の母でした。
「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」
そして長詩「君死にたまふことなかれ」をお読みください。
高村光太郎智恵子抄にあります。短い文で阿多たら山の上の空東京の空光太郎の智恵子を見る目線が瞬時にぱっと浮かぶいい詩です。
ここより付録、1966~1970東京にいてました。まだ汚い空、強風の日、3が日だけ青い空。
与謝野晶子さん。沢口靖子さんは高校が同じです。私は沢口靖子さんと同じ駅に住んでいました。線路挟んで差し向かい。
隣の二本松市に、智恵子の生家があります。
また同市内に「安達ヶ原ふるさと村」があり、智恵子の紙絵の展示室があります。「安達ヶ原」とは鬼婆伝説で有名な所です。
智恵子は晩年こころを病み、光太郎が看病に明け暮れる日々でしたね。



