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「生死の苦海ほとりなし」の「ほとりなし」の意味は?
「いんこ」さんに教えられて「住岡夜晃」と言う方を知りました。ググッテ見て、ひょっとして「出会えた?」の念を強く致しました。
その中に、次のような、紀元前のインドの高僧、竜樹の言葉の和讃が有りました。
「生死の苦海ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば
弥陀の弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける」
この中の「生死の苦海ほとりなし」の「ほとりなし」の意味が解りません。
ググッテ見てこの和讃は一杯あるのですが、「ほとりなし」が何なのか解りません。
「生死の苦海、畔なし」なのか、「生死の苦海を取り成し」なのか、もっと別なことなのか、御存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示下さい。
なお「いんこ」さんには改めて感謝申し上げます。
、
2008-11-17 12:42の質問
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回答(2)
1.
2008-11-17 13:27:28

2.
2008-11-17 13:37:47

え~前回は継続は力なりの出所を見つけただけなので感謝と言われると、、
それで「ほとり」ですが普通は川や池などの水際。きわ。ふち。という使い方ですが、辞書ではこういう使い方もあるようです。
ほとり=端。果て。境界。
「東の夷多(さわ)に叛きてほとり騒き動(とよ)む/日本書紀(景行訓)」「郷の南のほとりに勢多河有り/今昔 30」
こちらのサイトも見られたかもしれませんが、
と書いてます。
仏語では生老病死を生死といい、一生を生死の苦海に喩え、それは未来永劫の輪廻であり、果てがない、という意味で使っている「ほとり」ではないでしょうか。
それで「ほとり」ですが普通は川や池などの水際。きわ。ふち。という使い方ですが、辞書ではこういう使い方もあるようです。
ほとり=端。果て。境界。
「東の夷多(さわ)に叛きてほとり騒き動(とよ)む/日本書紀(景行訓)」「郷の南のほとりに勢多河有り/今昔 30」
こちらのサイトも見られたかもしれませんが、
人生には永久に、苦もあれば楽もあり、悲しみも愉快もあり、幸福者も いれば、不幸者もいる。「生死の苦海ほとりなし。」である。この永劫輪廻の諦観のただ中における、新しい人生の大骨定。
と書いてます。
仏語では生老病死を生死といい、一生を生死の苦海に喩え、それは未来永劫の輪廻であり、果てがない、という意味で使っている「ほとり」ではないでしょうか。
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コメント(3)
#1. tazaemon
2008-11-17 17:13:08
「信長」さん、有難うございます。
ご提示のところも見ておりましたが、「見れども見えず」でした。
ダメですねー、つくづく自分のダメさ加減がわかりました。
皆さんに連れて行っていただいて、「ほら、これだよ」と言われて初めて「あっ、そうか」てなものです。
これで解決なのですが、「いんこ」さんにお礼が出来ていない(他の方の質問で教えられてお礼が出来なかった)ので均等分割と言う事でご了解下さい。
有難うございました。
#2. tazaemon
2008-11-17 17:16:51
「いんこ」さんありがとうございました。
「住岡夜晃」と言う方の存在は「いんこ」さんに教えられるまで、全く知らなかったのです。
私が求めていた方に「出会えた」のではないかと思っています。
心からお礼申し上げます。
#3. 鸚哥(いんこ)
2008-11-17 20:27:15




