神の存在・非存在の証拠
神の存在を証明したり、またいないことを証明することはできないと聞きました。(証明できる人はよろしくお願いします。)
それでも、いると信じている人いないと信じている人は沢山います。
では、
(それぞれの)信じている理由とはなんですか?
回答(10)
1.

神を「宇宙の意思」と解釈するのなら、私は存在すると思います。
宇宙は神が創ったというのは、一神教の特徴なのですが、それを以て仏教や神道は宇宙の始まりを説明していないと言う。
ならば、神は誰が造ったのかの説明が出来ていないじゃないかと反論すると、神は既に(最初から?)在ったと言う。
では「宇宙は既に(最初から?)在った」と言って何が悪いと言うのが、私の主張です。
「神の大いなる計画は人間に計り知る事は出来ない」と言う詭弁ともとられかねない文章を「宇宙の意思は人間には計り知れない」とする事によって受け入れています。
「怪力乱神」というような、人間に対して何かをする怪しげな存在は全く信じていません。
2.

ある人は「宇宙に存在する見えない意思」だといい、ある人は「キリスト教における創造主」だといい、またある人は「白い髭をはやしたおじいさんの姿をイメージしているだけ」かもしれません。
それぞれの認識が統一されないまま議論しても、会話が噛みあわないでしょう。すなわち結論なんか出るわけがない。
私の神観としては「この世に存在する森羅万象を観るに、明らかに「1つの意思のもとに」創造されたとしか考え得ない法則性を見出すことができます。
その「法則性」を「神」と定義するのであれば、神は存在するという結論に至らざるを得ない」。
3.

主に求められ、また自身も求めているという確信があるから。
難しいことは私にはわかりません、でも主はおられます。
因みにキリスト教徒ですが、カルト宗教でもないかぎり、他の宗教を排除したいという考えは持っておりません。
4.

5.

ゆえに神は存在しない。
QED
7.

けど神はいると思っている。
ただ神は「在る」のであって、人を救う救わないにあまり関与していないように感じてる。
神は人が死のうが生きようが、まるで地上を実験場か、(たとえばシムシティってゲームのようにちょっと手を加えるか、また傍観するかのような視点。
高く、また低く、遠く、また近く、ときに高慢でときに卑近に。
契約関係こそないけれど、荒ぶる神の御霊を畏れ、鎮魂を捧げるものにはそれなりの報いをするような気がする。
なにかの本読んだ。
大日如来(密教で一番オエライ仏様(?))になにか身近なお願いをするのは、まるで国連事務総長に町内のゴミ捨当番を決めてもらうようなものだ、と比ゆ。
それくらい遠く伝わらない存在として「在る」のが神じゃないかな~って思ってるヨ。
ダメかと思ったことがなんとかうまくいった。
ああ、神の加護だ。
本当は原因があってその結果につながったのだろうけれど、神の恩恵を感じるような気がする。
各地に神社、お寺、教会とかあるのはきっと神が「在る」からだろうなー。
あんまり質問のダイレクトな回答ではないかもねー
8.

9.

11.

ほら、「山之神」とか「カミさん」がそれです。
トイレの中では福の神(拭くの紙)。
真面目な話をしよう。
若き日の福沢諭吉は、家人の目を盗み、神棚の中に収めてある御幣を後架に落としてみたが、何のバチも中らなかったという。
こうした人物のおかげで現在の我々があるのでしょうな。
【注】
「神」よりも「学問之ススメ」は福沢諭吉の指摘するところです。
12.

様々な出来事に「ああ、これは主のみこころだな」「神さまのご計画だな」と感じることがあります。
コメント(39)
アメン神は存在する!:
今日もまた太陽が昇ってくるから。(少なくとも太陽を観た時に数分前までは存在した)
>>1
>>2
神の定義がまず必要
ごもっとも!
まあ、それはそうなんでしょうけど、
例えば、「ヤハウェ」がそうである、とすれば、そうでない神を信じている人から文句があるでしょうし、そこらへんはあえてぼかしてそれぞれの(信じる人は)信じる神でいいというような感じです。
(そのために、まず、コメント#1を書いておきました)
この質問では、そうした神についてではなく、その人の神を信じる(信じない)理由を問うています。
私は、あんまりアンケート的な質問って好きではないのですが、
アンケート的な質問ととってもらっていいです。
神の定義:
もしそれが人間にできるなら、
それは、神を人間が創った(想定した、創作した)ことの証左ではあるまいか?
仏教における宇宙観については、構成される期間、破壊される期間、無の期間を繰り返しているなどと言われることもあるかと思いますけど、
古い教典によると、そうした、宇宙の成り立ちなどや死後の世界について、しつこく聞いてくる弟子を諭して、そのようなコトを聞くよりまず、自分の修行をしなさい。というようなことを言ったとされています。
仏教の立場からすると、そうしたことを考えることは仏教の目的に沿うものではない(そのようなものについて言及しない、(仏教を修める上で)してもしょうがない)という立場だと思います。
>>5
路傍の犬がたまたま吠えたからといって、いちいち懲らしめる必要もありません。
願いを叶えてくれる(ために必要とされる)神というのは、
本当に神ですか?
もしあなたの願いを叶えようとささやいてくるようなモノがいたらそれは神を騙る悪魔なのかもしれません。
>>4
4の回答を頂く前に、質問を補足するものとして#4が書いてあります。
一般的な話でなくて自分の信じる神について述べて頂けばそれで結構です。
>>6
すでに、質問の中に証明はできない(というように質問者は思っている)と書いてあります。
証明できる人は証明いただけば良い(とも)ですが、
関係無い回答は貰ってもしょうがないです。
いつも思うが貴男のは質問というより、自分の理屈をこね回すために回答者の気に入らない答えをオカズにして議論のための議論を楽しんでいる様に思える。
質問自体に疑問を持つのもアリだろうし、>>4さんも>>5さんもちゃんとした意見だろ。
回答をいただいておいて頭から否定してるようなのは非礼であり、コメを入れるなら貴男にとってオカズにならないものにもレスすべきじゃないか??
>>#9
まあ、理屈っぽいのは、認めますし、すぐ反証をあげたいというのも認めますが、
少なくとも今回の質問というのは、アンケート的質問で、理屈をこね回している、回答に対して理屈をこね回しているとかないと思いますけど・
回答5については、回答が証明ということなので、(否定というか)反証を挙げるのは、当然だと思いますけど。
若き日の福沢諭吉は、神の概念を否定したというか、神の非存在を立証したのであった…。
日本の神さんや、キリスト,ブッダ,マホメット等の頭部に輝く光、ありゃ何ですか?
人間なんて大宇宙の規模で眺めれば、考える葦どころか考える黴にすぎませぬ。それが大胆不敵にも、全宇宙(または大自然)を支配するような騙りをするのは自惚れというものです。
>>#8
BLUEPIXYさん、前にも書きましたが、回答者に対する反論はいいが、排除は止めませんか。
自分の期待と異なるのなら、スルーしておきましょうよ。
だれでも気楽に参加させてください。
他人を路傍の犬呼ばわりして反証しているつもりになってもね。
>路傍の犬がたまたま吠えたからといって、いちいち懲らしめる必要もありません。
神が路傍の犬がたまたま吠えたからといって、いちいち懲らしめないと、どうやって確かめたの。神に聞いたの。
願いを叶えてくれる(ために必要とされる)神というのが悪魔であることを証明しないと反証になっていないのでは。
また悪魔自体が存在することも証明できないとね。
神は全知全能らしいから片手間で私の望みぐらいかなえてくれるのでは。
それぐらいのことができなければ到底神とは呼べないのでは。
>>#14
「犬」という表現が、自分のことを指していると思われたのなら、すみませんです。
神と人間というのは、生物(?)として異なる存在である。というような意味(比喩)で申し上げました。(他の質問でのコメントでもそのような意味で(過去に)コメントしているので、個人を指してのものではありません)
#14でも計らずとも自ら仰っているように、その時の反応は、それぞれであって、「必ず罰があたる」と断定できない、ということになると思います。
悪魔の存在については、ここでは特に問題に(反証というわけではありません)していませんが、
「神という存在は願いを叶えなくちゃいけないの?」というような意味合いのことを疑問形で書かせて頂きました。
これは、先の生物としての異種であるということを踏まえた疑問です。
野良猫がやってきて、餌を欲しがっている、
それが分かったとしても、
餌をやるかどうかなんて、気分次第ですよね。
ジャンボ宝くじの一等に当選した人は神を信じていると思う。
「神様、ありがとうございます!」
てなもんだ。こうした人は当選の秘密を隠すため、このブログから去っていると思われるので証明は困難ですが…。
二番違いで当選に見放された人は、悪魔を信じることになるのでは?
「チクショー!」
てなもんだ。これは悪魔めいた呪いの言葉なのですが、悪魔存在の証明にはなりませぬ。しかし…しかしです。
God saves the Queenは何なんでしょう?
私の回答とあなたのコメントからみるとそういう意味以外に取れないのですが。
>他の質問でのコメントでもそのような意味で(過去に)コメントしているので
どこに?
>#14でも計らずとも自ら仰っているように、
なんのこと?
>その時の反応は、それぞれであって、「必ず罰があたる」と断定できない
その根拠は?
>「神という存在は願いを叶えなくちゃいけないの?」というような意味合いのことを疑問形で書かせて頂きました。
>これは、先の生物としての異種であるということを踏まえた疑問です。
神は人間の願いをかなえなくてもいいの?
それはどうやって確かめたの。
生物として異種であると言うのはなぜわかったの?
>野良猫がやってきて、餌を欲しがっている、
>それが分かったとしても、
>餌をやるかどうかなんて、気分次第ですよね。
神が気分しだいで行動しているとどうやって確かめたの?
今度は私は野良猫なの?
>>#17
>どこに?
自分で調べたら?
>なんのこと?
「いちいち懲らしめないと、どうやって確かめたの」
つまり、懲らしめる、懲らしめない、など色々の行動選択肢(可能性)があって、必ず○○すると断定できない。ということを仰っています。
>その根拠は?
同上
>それはどうやって確かめたの。
同じですが、
神にも行動の選択肢が複数有る以上、何をするか、つまり「叶える」「叶えない」ということはどちらもあり得ますね。
「神は全知全能らしいから片手間で私の望みぐらいかなえてくれるのでは。」という言葉の中にも、「叶える・叶えない」という行動可能性が含まれていますね。
>生物として異種であると言うのはなぜわかったの?
「神」という別の概念が必要であることから、「人間ではない(人間なら神と言わず人と言う)」ことから異種であることがわかります。
>>#17 そういう意味以外に取れないのですが。
すでに、謝罪の上、どういう意味を意図していたか説明申し上げました。
その上に、そのように仰られても、困惑するばかりです。
(比喩表現がわからないというのは、私の責任では・・)
これ以上説明したところで、ただただ納得がいかない(私の説明が私の意図を説明しているのでない)というのであれば、あなたと話を続けることも無意味だと思います。
言葉尻をとらえてああだこうだいいあっても仕方ないので、
論点を整理しておきましょう。
回答5で言われていることは、つまりは、
「神は願いを叶えてくれない」だから「神はいない」ということです。
ここで考えられる状況は、
{神はいる、神はいない}の2つが考えられ、
附帯する条件として
{神がいるので願いを叶えてくれる、神はいるが願いを叶えてくれない}
となるかと思います。
結果、神がいないので願いは叶わない、と都合3つの状況が考えられる訳です。
回答5は、「神はいるが願いを叶えてくれない」状況を考慮していないので、
「願いを叶えてくれない」すなわち「神はいない」という結論は間違いである。というのが、私の主張です。
だから、なぜ、『「神はいるが願いを叶えてくれない」状況を無視できる』のかという理由を回答5の補題として述べて下されば良い。
横から済みません。久遠人さんは「神とは人間が何かをすれば必ずそれなりの判断を下してくれる存在である」という神をお考えなのではないでしょうか。ところが、「人間が何かをした場合、ときには何も判断を下さない場合もある」という神を考える場合には、判断が下されなかったときの神の存在への見方は変ってきたりする(例えば、「何とも言えない」とか)と思います。
>なぜ、『「神はいるが願いを叶えてくれない」状況を無視できる』のかという理由を回答5の補題として述べて下されば良い。
下がその理由です。
usaさんへ
>神とは人間が何かをすれば必ずそれなりの判断を下してくれる存在である
神は全知全能なるかゆえに判断しません。行動するだけです。
古代から神を信じる人々は神は"必ず"人間の願いを叶えるものと考え行動しています。それは彼らが自分の願いを神が聞き入れてくれなかった場合、なぜかを真剣に考えていることからも窺えます。つまり彼らにとって"必ず"願いを叶えるものが神なのです。
ところで質問者は
>他の質問でのコメントでもそのような意味で(過去に)コメントしているので
と言っているのですが。
usaさんはどこにそんなコメントがあるかご存知ですか。
調べろと言われたのですが、調べてもわからないもんでご存知でしたら教えてください。
>>#23
「行動」という言葉を使われましたが、「判断」という言葉に「行動」も含めて(この言葉を)使ったつもりでしたので、書かれたことに異論はありません。但し、「神とは?」については、人によって考え方がいろいろと思います(従って、議論がむつかしくなる)。もう一つの点はよく読んでないので、分かりません。
usaさんへ
文字制限に引っかかるので簡単に書いたので説明不足になってしまいました。
神が判断しないと言うのは、神は判断する必要がないからです。なぜなら全知ということはすべてのことを知っている、すべてのことがわかっているのに何を判断するのでしょう。善悪?美醜?
神は全知であるので、推論する必要はないのです。考える必要がないのです。すべてがわかっているのだから神は推論したり判断する必要がないのです。神に三段論法は必要ないのです。神に論理はないのです。
神は全知であるがゆえにあれかこれか迷いません。神は選択することはないのです。
神を信じている人々の神に関する定義から導き出されることは、極端なことを言えば神は人間の願いに反応する自動機械なのです。
ゆえに
>神が聞き入れてくれなかった場合
は絶対にないのです。
なぜなら、神を信じている人々にとって"必ず"願いを叶えるものが神だからです。
>>#26
簡単に"全知"とか、"絶対に"とか使わない方がいいと思うよ。
>神を信じている人々にとって"必ず"願いを叶えるものが神だからです
何で神の性質を語るのに、"人々"が必要になるのか、わからない。
神が、人を作ったんなら、人より前に存在しているし、
人類が滅亡したあとも存在するのでしょう。
人は、子供が、おもちゃを欲しいと願うとき、願いを叶えたり、叶えなかったりします。
人は、自らではできないような場合の時に、神に願います。
人ができないような願いを叶えることができる神にそのような選択の自由がない制約があるとするのは不自然でしょう。
回答5は、
「願いを必ず叶える神がいる。」
という仮定が成り立たない場合があるから
「願いを必ず叶える神はいない」
という結論を導いている。
それは、制約を課した上での条件上の結論だから
神はいる。神はいない。という結論には適用できない。
例えば、自然数の性質について調べている時に、
自然数の偶数についてなんらかの結論を得たとしても、
それをもって自然数全般の性質を言い得たことにはならない。
のと同じ。
「神を信じている人々にとって"必ず"願いを叶えるものが神だから」
叶えてくれないのだから、信じなくなりますよ。
つまり、
回答5は、「神は必ず願いを叶える」この仮定が間違いだから結論を導いているのですよね?
神は必ず願いを叶えるは仮定ではなく定義です。
神は全知全能で悪いことをすれば必ず罰を与え、必ず人の願いを聞き入れてくれるもの。
これは神を信じている人の一般的な定義です。
自然数の定義に従って証明するように、神の定義に従って証明しているのです。
>叶えてくれないのだから、信じなくなりますよ。
叶えてくれないから信じなくなるのではなく、神は必ず望みを叶えてくれるはずなのに望みが叶わなかったのは、神なんかいないからだと気づいた人が信じなくなるのです。
その証拠に三大宗教は数千年の間連綿と今なお続いています。
ところで自然数の話が出たので問題です。
1 + 8 = 10
これは正しいですか。
なんか、いくら関西人でも
”必ず”とか”絶対に”とか言われて、ツッコミする気分じゃなくなってきました。
いちいち付き合う筋合いもないですが、2つだけ
全知:
不確定性原理によって相互に関係する2つの物理量の両方を同時に知ることはできない。
というわけで、この世では全知ということはないです。
この世を作り直したら別かも知れません。
全能:
よくいう矛盾。
ある人は絶対何をも貫く剣を神に作ってもらい、
ある人は絶対どんな剣からも防護する盾をつくってもらう。
しかし、両方が機能することはありえないから、"全能"なんてあり得ない。
>>#33
三大宗教の話がでたから書きますが、
旧約聖書の中で、神はモーセを預言者として使おうとするのですが、
その時に、モーセは、
「ああ、主よ、どうか、ほかの適当な人をおつかわしください」と願うのだが、(怒りを持って)聞き入れられませんでした。
でも世界中にこの旧約聖書が元になるユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じる人が何億人といます。
あなたの言う「一般」って誰のことですか?
>いやいや、それは、あなたの言う「一般的な定義」が、違っているからですよ
>あなたの言う「一般」って誰のことですか?
もろもろの神を信じている人々。なぜその定義に人々が出てくるか。それは神はそれを信じている人々のためにあるから。
物理量の両方を同時に知ることもできるから全知なんだよ。現実に存在するかどうかなど問題ではないんだ。単なる定義なんだから。
一切の体積、面積、長さをもたない点は存在するか。現実には存在しないだろ。しかしこの定義は使われいる。定義なんだから絶対や必ずがあってもなんら問題ないんだよ。
ところであの簡単な問題もわからないようだね。定義の意味がわかっていないからあの問題の答えがわからないんだよ。
それと三大宗教にユダヤ教は含まれていないよ。ユダヤ教とキリスト教は別物だ。
あのー、三大宗教の中に仏教は含めないで下さいね。
仏教に神様は存在しませんから。
それから、日本の神道やギリシャ神話の神々の中には何も聞いてくれない、あるいは怒り出す神もいます。
それからキリスト教でも旧約の時代は直接契約ですが、必ずしも人間の都合(希望)の通りにはしてくれなかった。
サンタさんみたいなもんじゃないの?
心の中にいる、みたいな。
>>#38
>もろもろの神を信じている人々
で、「一般」というなら、当然旧約の神を信じる人も含まれていないといけませんよね?
>三大宗教
が何かということは、あなたが書いていなかったので私も書いていません。
旧約聖書を元にしている宗教として、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を挙げたのであって、この3つが三大宗教とは言ってませんよ。(よくわからんけど、キリスト教とかイスラム教は人数からいって該当するのでしょう?)
>あの簡単な問題
なんちゅうか、このページでの話と全然関係無い話をどんどん振られてもイヤだから無視しただけ。
なんで関係無い話につきあわないといけないのかわからない。
>>#39
>仏教に神様は存在しませんから。
そうそう、彼の言う三大宗教がなんだかわからんから言わなかったけど、それは思った。
帝釈天(インドラ神)とかでてくるけど、教えの中にそういった神への信仰はない。
これ以上待っても仕方ないみたいなので、
これで締め切らせて頂きます。
皆さん回答・コメントありがとうございました。
皆さんの「信じる理由」を聞いても、改宗にはいたりませんでしたが、
神の具体的なイメージ(神ならこうするこう言うはずとかの方針)を持つことは、神を騙る輩にだまされないとかのために意味があることだと思います。
みなさん誠実に回答しているのに、一部の人との討論のようになってしまって残念です。
>>#44
不愉快な思いをされたのなら、申し訳ないです。
しかし、「みなさんが誠実に回答されている」ことと
こうした「討論が起こる」と結びつけるのは変じゃないかな?と思います。
日本では「和をもって貴しとなす」と言われます。
それ自体は良いと思うのですが、
(イチャモン的な場が荒れることはともかく)
「批判をすること」自体は悪いことではないと思います。
もし、何かが間違っているなら、それは間違いだと言わねばなりません。
見過ごすことは、暗に認めたこと(最近でた荷担すること)になってしまいます。
実際の所、日本って良い議論になることってあまりないですねぇ。orz
(どちらにとってとかじゃなく何かが議論で明白になればいいと思いますが、しょうもない言い合いになることも多々ある)
ちょっと誤解があるようなので・・・
私が言いたかったことは、討論にだけ比重が行ってしまうのはどうかな、っていうことです。
誠実に回答している方を蚊帳の外に置いてしまうのは好ましくない(私の考えですが)、それだけです。
今回の質問に対する回答は、誰一人いい加減な答えをしているとは思えませんので。
あ、別にナレが欲しい訳じゃないですよ。
それに、別に討論がよくないと言っているわけでもないです。
気持ちを伝えることができず、ちょっと寂しく思います。



