死にそうな人を見過ごすことは罪にならない?
に書かれている
刑法の世界だと、死にそうな奴を発見したところで、助けなくても、犯罪にはならないが、いったん助けて、それからやっぱり無理だと言って放置したら、遺棄罪や遺棄致死罪になる。なんですけど、死にそうな人を見て放っておくことは、本当に罪になりませんか?
前に、凍死しそうな場所で寝ている人を警察が放っておいて問題になったようなことがあったような気がしますが・
回答(4)
1.

実は、2005年7月に非常に似たケースがあって、恐らく戦後初めてと思われますが、有罪になったケースがあります。最高位裁判所の具体的な判決は、
「患者の重篤な状態を認識し、自ら救命できる根拠はなかったのだから、直ちに必要な医療措置を受けさせる義務を負っていた。にもかかわらず未必的な殺意をもって患者を死亡させており、不作為による殺人罪が成立する」。
つまりは、「死にそうな人であると認識」していたこと、「放置せず自分のできることをしなければ助からないと認識」していたことが「不作為による殺人罪」を成立させます。このケースでは、被告は懲役7年の罰を受けたそうです(判例集や法律の解説書には必ず掲載され、その後、必ず参考とされる画期的判決になった模様)。即ち、死にそうな人を病院に連れて行かずにそのまま放置し、結果としてその人が死亡した場合は「不作為による殺人」が適用される可能性があるということです。
犯罪の構成要因である「死にそうな人であるとの認識」や「放置せず自分のできることをしなければ助からないとの認識」がなかった場合には、「不作為による殺人」にはならないと思います。例えば、被疑者が「死にそうであるとは認識していなかった」とか、「助けてあげなくても大丈夫と思っていた」ような場合は、罪にはならないと考えます。例えば、酔っ払いが車の少ない裏道で寝ていたとして、それを放置して運悪く車が来て轢かれてしまったようなケースは、いろいろと調べられても、罪を問われない場合が少なくないように思います。
なお、警官のように、地域の安全や秩序維持の義務を持つ者は、類似の事態では積極的に手助けをするという義務を負っており、見てみぬ振りをすれば非難されるべきであり、罪を問われる可能性は高まります。同様に、一般人でも、見て見ぬ振りをするのではなく、出来る範囲で手助けしてあげることが道徳上望ましいことは言うまでもないです。
回答ありがとうございます。
未必の殺意あると見なされるということですね。
少なくとも私にとっては、必要十分な回答だと思いました。
ただ、「直ちに必要な医療措置を受けさせる義務を負っていた」
(ある種当然と思えることではありますが)
という義務は法律上はどこからくるのでしょうか?
あと、例えば、救急車を呼ぶ、あるいは、路上で寝ている人がいると警察に通報する、ぐらいで義務を果たしたと言えるのでしょうか?
2.
質問は、本人の立場・お互いの関係・場所・現場の状況 などに寄り微妙に違いがあるのだと思います。
例えば、無関係の人なら罪にはならないが、肉親なら罪になると云う違いがあると思います。
質問の中にある警察官の立場であれば、放置すると死ぬ事もありうる状況での放置は罪を問われそうです。
3.
4.
これが素人(無資格者)の場合、「死ぬとまでは思っていなかった」と言い切れば、それが論理的ではなくても、有罪に出来ない。
これが法の限界と言うものでしょう。
有資格者の場合、論理性を追求される。
やむを得ないのかもしれないが、厳密に適用しすぎると問題が起きる。
1.有資格者は、見過ごした事への合理的説明を最初から準備するようになる。
2.なり手がなくなる。(産科医、小児科医、麻酔医など)
結論、困るのは一般の国民である。
「これは既に実証されている」と言って良いのではありませんか?
コメント(7)
回答1補足: 「死にそうであると認識」し、「自分のできることをしなければ助からないと認識」しているときに、自分のできる方法で助けようとしないのは、ある種(未然)の殺意があったと解釈され、「不作為の殺人」とされるということと思います。
通る人まれな農道を自転車で走行していたら、自転車を放り出して顔から畑に突っ込んで動かない人がいた。声をかけて揺すったが動かないので、近隣の農家に駆け込み、PHSにて救急車を呼んでもらった。
その後二人の警官が我が家を訪れ、状況を根掘り葉掘り聞き出していった。
第一発見者のあたしを「容疑者」扱いするようなもの言いで、腹が立ってきた。
結局は脳梗塞とわかり、おかまいなしとなったが、今後はこうした事件の関係者に連なるのはゴメンだ。
「キモチワルイ」
と迂回して通ろう。
>>#2 ゾーロクさん、私もそれに近い経験をしました。
昼間で、人通りが有りましたので、良かったのですが、携帯で連絡したら、まるで職務質問。おまけに救急車がつくまでそこからはなれるなと言う口ぶり。
腹は立つが人の命が関っているので仕方なく待ちました。
これからは連絡はするが、「わしゃ、忙しい! 嘘だと思うなら来るな!」って、怒鳴り返して電話を切ろうと思っています。
法律家の言葉はむつかしいですが、ここでいう「医療措置を受けさせる」は恐らく広い概念で、救急車を呼ぶ、近くの人に救急車を呼ぶよう頼み自分は弱っている人の様子を見るなども含むのではないかと思います。いろいろあっても最低限それぐらいはしてあげたいと思います。ベストどうもありがとうございました。
みなさま、回答をお寄せ下さりありがとうございました。
少なくとも、この質問に関しては、単なる思考ゲームだとは思っていません。
昔京都の地下街にホームレスの人が沢山寝ていました(現在は禁止になってしまいました)
実際、そういう所を通る時に、時たま、生きてる?って感じでのぞき込むことがありました。(余計なお世話と言えばそうなんだけど、気になる・)
例えば、自殺すると宣言する人を見かけたような場合も、この件に該当するのではないかとか思ったりもします。
その時々で何ができるかはわかりませんけど、
そういう人を見逃すということは、「殺人」に荷担しているのだ。
と言えるのかも知れません。
#6 で言っている地下街とは、正確には、四条通りの地下道のこと。
(JR京都駅前の地下街ポルタとは別)


