学校の先生という呼称は、やめてもいいと思いませんか?
先生と呼ばれる職業はほかに、医師、弁護士、議員などがいますが、基本的にはその道のプロに対する敬称だと思うのです。「山田先生」とかいてある看板を見たことはありません。それに対して、学校の先生は変わった言葉。小学校の先生といえば、半ば職業。学校に行けば、「山田先生」のような表示があちこちに。
学校の先生といえば昔は地元の名士扱いだったから、というのはよく聞く話ですが、いまや、周囲からの尊敬もなければ、当人たちの教師としてのプロ意識もなさそうな「先生」の多いこと多いこと。
親が敬称として「先生」と呼ぶのはいいですが、学校内でそのような表示をしたり呼び合ったりするのはやめてもいいのではないかと思いますが、みなさんどう思われますか?
#母親が父親に対して、お父さんと呼ぶのに少しにているかも。
ちなみに大学では分野等によって違うと思います。「益川さん」のところでは「先生」とは呼び合わないとのことでしたし、わたしが学生で在籍していたところもそうでした。
回答(3)
1.

別に本人が敬う理由が見当たらないというのであれば、呼び捨てでもいいのではないでしょうか。
ただ、問題は子供は親たちの背中を見ているということです。敬称をつけて人を呼ぶことの意味を子供が正しく理解できるまでは親が呼んでいる呼び方をそのまま真似をします。
※母親が父親を「お父さん」と呼ぶのもそのためです。
中学・高校生になれば、もうそのあたりも理解ができて自由に呼び合えばいいのではないでしょうか。
ちなみに私の高校では先生同士や生徒が先生を呼ぶときは「先生」とつけていましたが、科目担任表など(先生が生徒に配るようなもの)の中では敬称は使っていませんでした。それは自分に敬称をつけるようなものですからね。
コメントありがとうございます。
学校の先生については、単なる敬称を超えたものになっているのではないか、という問いかけです。
親も子も、学校の先生を素直に敬える状態であってほしいと思います。そして、呼び方はそうなっています。でも「先生」たちの意識が足りているとは思えず、理想(呼び方に関しては現実)と乖離を感じます。
単なる一職業と割り切ればそれでいいのですが、それなら呼び方もそれに見合ったより適切なものはないかな、と。もちろん、親が「先生」を見下しているようには見えない、自然な呼び方でいいと思うのです。「さん」でもいい。
#米国では多分、単に Mr. などですよね。
ほんとは、もっと尊敬に値する人たちであってほしいのですが。
3.

「生徒、学生」の対義語が「先生」だったら、相手の人格に関わり無くこれを使わなければ仕方ない、というかなんと呼ぼうかと頭を悩ますより簡単かも。
大学の教授でも知性もセンスもかけらもなく、毎年同じテキストからの講義を型通りこなすしかない人間でも呼びかけは「先生」でした。
あの頭の固い輩が急に学生から「さん」で呼ばれたらきっと怒りくるって単位をくれなかったでしょうね。;-D
「先生」同士でどう呼ぶか、それは各学校、学部、地域、国によっても違うでしょう。
あるところでは一番古い教授は他の人に「くん」同年なら「さん」と言っているようですが。
掲示物に「先生」はやっぱり変ですね。
返事が遅くなり失礼しました。回答ありがとう。
先生には、敬われる存在であってほしいのですが。。。
4.

学校の先生って一般的に小・中・大学校で教えておられる方ね。生徒さんはずっと年下の方ですし、年下の人が年上の人を敬うってゆう意味もあるかも。^-^
それと、仕事を黙々とこなして、授業だけを毎日きちんと教える事でも立派なプロだと私は思います。1クラス30人くらいの生徒さんを机に座らせて毎日教えるだけでも御苦労が多いはずですし、授業内容を考えたりテストを作るのも地味ですけど大変な事だと私は思います。
医師、弁護士、議員の方もプロ意識が無くてもなれますし、半ば職業。「山田先生」とかいてある看板は見た事は無いとの事ですが、それはきっと義務教育が無くなって全部民間が教える社会になったら、学校の先生が看板を掲げて働く事になるかも知れない。。逆に弁護士さんが全員公務員になれば、弁護士さんの看板を見た事がない社会になりそうね。
そうした社会だと、凄腕の学校の先生は富裕層のお抱えになったり、弁護士さんやお医者さんみたいに、年収1億で無いと仕事を引き受けないとかになるかも。
返事が遅くなりました。回答どうもありがとう。
中学以上ではともかく、小学校(や幼稚園等)の先生は親以外の絶対になりうる存在です。「授業だけをきちんと」の「きちんと」がどの程度までさすのかによりますが、単に知識を話す・書くだけではダメだとわたしは思っています。
コメント(1)
教育者が「先生」と呼ぶに相応しくないのは分かりますが、教育者の中には「先生」と呼ぶにふさわしい人もいると思ます。ケースバイケースで呼ぶ人が判断すればいいのでは。理想としえは教育者たるもの「先生」と呼ばれるに相応しい知性と教養と高い志が必要だとは思いますがね。
日本語は丁寧語のほかに謙譲語や尊敬語といった言葉もあります。英語の場合は敬称は「Mr.」でも表現方法として尊敬や謙譲の意味をもった表現があります(過去形にしたり)。
単に敬称に「先生」をつけても、そのあとに続く言葉に尊敬の念がこもっていないと意味ないですからね。そういう意味で今の「先生」という呼び方が画一化され、尊敬の念を込めていないという点では問題かもしれません、




