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『花は桜木 人は武士』の原典は?
上記『軍隊小唄』の一節だけれど、実は楠木正成だとのこと。以下の記事で回答を募っているのですが、集まりません。
どなたかご存知の方、正確な原典を教えてください。
2006-04-01 10:11の質問
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回答(2)
2.
2006-04-02 10:32:28

確かに楠木正成は「七生までただ同じ人間に生まれて、朝敵(朝廷に敵対するもの)を滅ぼさばや(滅ぼしたい)とこそ存じ候らへ」という七生報国の精神によって太平記に語り継がれ、後代の吉田松陰や幕末志士、そして特攻隊員に受け継がれていき、国を思うまごころは幾たびも日本人の心の中に生まれ変わってきたのである、とあります。
そこで「花は桜木 人は武士」が鎌倉幕府滅亡前後の楠正成公を指していても不思議は有りませんが、彼を祭る神戸の湊川神社でその碑を見たことが有りません。(以前神戸にいましたが単に見落しかも)
さらに一休禅師(1394~1481)が詠んだ歌にも出てくることはアリーマさんも書いておられますが、そのころには既に諺、または慣用句として一般に浸透していたのではないかと思います。
ネット検索されたのなら仮名手本忠臣蔵(1756頃)の件も御存じでしょうが、これが庶民にも分かりやすくビジュアルであるという理由で「花は~」がヒットしたと思われます。
結局、原点として特定できるもの無しという回答で長々とおじゃましました。
そこで「花は桜木 人は武士」が鎌倉幕府滅亡前後の楠正成公を指していても不思議は有りませんが、彼を祭る神戸の湊川神社でその碑を見たことが有りません。(以前神戸にいましたが単に見落しかも)
さらに一休禅師(1394~1481)が詠んだ歌にも出てくることはアリーマさんも書いておられますが、そのころには既に諺、または慣用句として一般に浸透していたのではないかと思います。
ネット検索されたのなら仮名手本忠臣蔵(1756頃)の件も御存じでしょうが、これが庶民にも分かりやすくビジュアルであるという理由で「花は~」がヒットしたと思われます。
結局、原点として特定できるもの無しという回答で長々とおじゃましました。
結局良くわからないですねぇ。
ともあれ、ありがとうございました。
1.
2006-04-01 14:13:23

ありがとうございました。
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