思ったことをすぐ口にしてしまう人はひと言で言って”何が ”足りないのでしょう?
知人で「わたしは思ったことはすぐ言ってしまう。お腹にためておけない性格。悪気はぜ~んぜんないんだけど」という人がいます。言った本人はそれでさばさばしていますが、周りが凍り付いたり嫌な思いをしても全く気づきません。
自分では天真爛漫?あけっぴろげ?正直と思っているような感じです。
そういう人達は ”何が ”足りないのでしょう?
回答(12)
10.

想像力、こればあれば足らないものが有ったとしても補える一番有効なもののような気がしました。
2.

えっと、アタマは誰でも肩の上に付いてると思いますよ。
判断力!なるほど。
3.
4.

なんでも基本は大切です!
5.

「言うべきこと」と「言いたいこと」の区別が出来ずに
ただ、自分の「言いたいこと」を何でも口に出して言ってしまう。
<自分では天真爛漫?あけっぴろげ?正直と思っているような感じです。
この手の方は、殆どそうですね。
上手く行っている時は良いのですが、一回ギクシャクしだすと復元が難しいです…。
社会性。なるほど。
うまく行っている時はおもしろい人で済みますけどね。
6.
ここではディスカッションの場です。はっきりいうのが美徳です。とは言いませんが。
最初ここでよくしかられ鍛えていただきました。感謝です。横向いて注意より、真正面から面罵が気持ちいい。私もそれだけ返せます。ガンガン話し合い、好きです。
co=コーラ
ca=コーヒー
7.

笑えるうちはいいけどね。言われてるって、事は気を付けてって事だから。少し考えた方がいいかもね!
とは、言っても言っちゃうんだけど・・。
私は、「たまにグサッとくる事言うよね。でも、的を得た事で何も言えない。○○だから、許せるんだよね。笑ってさらっと言うからねぇ。」
って、言われた。気をつけようと思ったよ。言葉を選んだ方がいいよ。
つまり「言葉を選ぶことが足りない」こともあるということでいいのでしょうか。自分で気をつけているって人ならいいと思います
8.

謙虚さ!いい言葉です 死語にならなきゃいいですね
9.

また、「思いやり」や「心遣い」も考えられます。
「こういうことを言って、この言葉を口にして、この人はどう思うか」
ということを、一旦考えてから言ったほうがいいですね。
>自分では天真爛漫?あけっぴろげ?正直と思っているような感じ
いわゆる「空気が読めない」人もいるけど、単に何も考えていない人、
自分中心に世の中が回っていると思っている人もいるし。
72さんも仰っているように、一度関係がおかしくなると復元が難しいですね。
私も気をつけなければ。
「思慮」「思いやり」「心遣い」
みんな大切。これらがないと人と人は破綻してまう
11.

そう言う私もそうなんですが。仕事、友人、家族、恋人等全てではありませんが…
仕事については曖昧はいけないので答えを求められればはっきり応えます。が、余計な事は言わないです。余計な話は職場の外や休憩時間等に。
家族、友人に対しては「気心知れた…」に甘えてしまって、何か言った後に後悔する事があります。が、質問者様の言うとおり悪気があっての…では、ないんですよね…
恋人相手になると、その時の感情で子供みたいに状況判断出来ずにヘタな事言ってしまう事がかなり多いです…もちろん言ってから後悔してしまいます…
大切な人に何か伝えたい時は、言いたい事を一度飲み込んで落ち着いてもう一度考えてから伝えるようにしています。
相手を思う気持ち、なかなか難しいですね
>言いたい事を一度飲み込んで落ち着いてもう一度考えてから
この余裕があれば後悔も少なくなりそうです
12.

4つも力が必要!
「周りからの愛」愛は過不足なくほしいですねっ
13.

その人が変わるとしたら、同じような思い、劇的な事が起きない限り気づかないでしょ。たまたまでしょうが、親戚の叔父、叔母はO型が多く、私の経験からはもうかなりの歳ですが、気づかない様です。周りで上手く対応して行くしかないと経験上思われます。個人的な付き合いの場合、自分から避けるようにしています。自分にとって一緒に居たい方は沢山居ますからね。
つまり「自覚が足りない」
自分のことはなかなか気づきにくいのかも。
血液型では そんな感じもあるかも~?のお遊び占い程度で性格分類は無理でしょう。
コメント(14)
ベター有り難うございます。どうも私もアタマが足らないようでした。
>>#2.
tentenさんに賛成。
あらぬ誤解や差別を生み出してしまう恐れがあります、気をつけられたほうがいいかと思います。
詳細は控えますが、実生活で現にいまその混乱の中に立たされています。
#6を加筆修正
>>#2,#5
思ったことをすぐ口にするだけでADHAだと決め付けましたか?
あなたたちにとってADHAは差別の対象ですか?
かつては原因が分からないまま「困った人」として排除されたり「あの人はしょうがない」と諦められていた症例が、いまでは原因が究明されて、受け入れる方法も分かっています。
今なら「受け入れることを前提に」疑っても不思議ではない。やさしい時代が進んだのだと思えないのかな?
「何が足りないか」を回答せよとおっしゃるなら、周囲の寛容さが足りないと答えておきましょう。
>>#7
私も専門家ではないので詳しくは知りません がADHDの特徴からみると、日常的に質問のような話し方をするだけでADHDを疑うのはいかがなものかと言いたかったのです。
もし疑うとしても、それは専門医の仕事であり私たち素人は、かりにもADHD(disorder=障害)と名の付くものを軽々しく人につけるべきではありません。
子供の時に脳や心の病とラベリングされた子供が大きくなってもそれをひきずることもあるそうです。
ラベルといえば私は幼少時 小児科医に知的遅滞ではないか?と目の前で言われましたが、こいつバッカじゃないの?と心の中で笑っていました。
(関係ない話題をすみません m(__)m
もちろん症例が広く理解され受け入れられるならそれは大変いいことです。
「周囲の寛容さが足りない」それは最近のナレッジのあの2者の場合にもいえますね。どこにも寛容さなど見当たらなかった!
>>#8
少なくとも、いうべきことすら言わないで溜め込んでしまい、ある日突然暴発されるよりは、思ったことを言ってくれるほうが絡み易いと思いますが…。
もっとも本人がTPOをわかっていないなら、周囲の人が注意、要すれば教育も必要でしょう。
回答を捕捉します。
個性ですから、足りないところはありません。
高度な「見識」は、他にゆずりますが・・・・・
言葉は「ことだま」から、来ていると。
この「ことだま」の持つ深い「そもそも」を、ご理解願う
ならば、100%他人をキズ付けないで「人生まっとう出来ない自分」
ではあるが、ほとんどの世渡りは、無難にこなせると
「師なる方」は、言い聞かせておられます。ハイです。
回答有り難うございました。
足らない物は「対人的」に思いやり、「理解力」で自覚や言葉の選択、「社会性」、「心的」に謙虚さ、羞恥心(削除されましたが)の回答でした。
いつもいつもこれじゃ困った人ですが、話し言葉と書き言葉を使っている限り誰にも必ずあることだと思います。
自戒の意味も込めて質問してみました。
ベストに選んでいただきまして有難うございました
(自信あり)などと回答をしてしまいましたが
相手の顔が見えないネットの中では
自信なんて全然無いのです。。^_^;
tentenさんが>>#15で書いていらっしゃる通り
誰にでもおこりうる事だからです。
想像が度を越して思い込みにならないように
気をつけないといけないと自分自身を戒めました。。





