人間関係の一つについてですが
人間関係を長く築く過程でいろいろな人に出会うと思います。中には、思いつきで(頭に浮かんだことをそのまま言う)物を言う人も少なからずいることでしょう。皆さんはこういう人とはどのように接していますか?
私はやはり多少ながら危険視をすると思います。何しろ、もしその人が誰かの秘密を知っていたとしたらそれを思わず言ってしまう可能性がありますし。
回答(8)
1.

なかなか嘘をつく人を見抜けません。
最近もひどい目に遭いました。
そういう人とはなるべく関わりたくはないとも思う反面、
その人がきちんと目を覚まして、人のことを考えて行動してくれるようにと祈っています。
でも、そうなってくれるまでは暫らく放っておいて、
あなたのことを心配している、と気づいてくれないかなぁ、と
気持ちの中にそっとしまっておきます。
単純ではなく、人を信用したいという一種の優しさと関連があると思います。しいて欠点的な観点で見るとすれば、お人よしでしょうか。でも、つきつめて考えると、誰からも好かれるように努力するのには限界があるからありのままのほうがいいかもと思います。
2.

秘密に関しては慎重になりますよ。特に念を押されたものは。
大概そういう人って過去にペラペラしゃべって痛い目にあってきてると思うし、口が重い人やいつも言葉を選んでいう人よりかわし方を身につけれるんじゃないでしょうかね。
まあ、信用ならないようなら何か適当な秘密を「諦めて」みるという手もあります。その人に言って広まるようなら信用ならないということです。
そういわれてみればそうですね。それはやはり身内同士でも同様でしょうか?
私の家族の一人にはそういう人がいるのですが、いつ思いつきで話をするのではないかとビクビクしているのです。だから、決して自分の秘密は父母のどちらにも言わないように気をつけています。
3.

で、秘密をばらされる事。これは、政治家が記者に個人的な話しとして、オフレコで話した事もいずれはばれるし、企業秘密等も特定の人以外に話せば噂として広まるのが普通です。
個人的な秘密も同じ。人に話すという事は、漏洩する事を覚悟した上ですべき事です。どうしてもその人にだけは知って欲しいけれど、他には広めたくない、という都合のいい事を実現したいなら、ばらすとその人にも害があるというトラップを仕掛けるべきです。
ま、初めに述べた会話の内容は信用できない、という事から考えれば、秘密をばらされたとしても、聞いた人が興味がある、それを信じると得になる等の話題でなければ、すぐに忘れ去られます。
最後に、長く付き合うならお互い様だという事と、二人だけの秘密というのが成立するとしたら、どちらかに興味がない事柄だという事を付け加えておきます。
なるほど、それもそうですね。世で人付き合いするにはそれが欠かせないですね。もっとも、身内なら家庭によっては「隠し事は許さない」風潮があるだけに難しい部分はあるかもしれません。
4.

たとえば、あらかじめ自分が傷つられる発言がなされる覚悟をしておく、言われても気にしないようにする、それが嫌なら近づかない、などの形で注意するようにしています。
秘密を話すかどうかについては、思いつきで話す人だけではなく、話す人は話しますから、よく観察してから打ち明けるべきでしょう。
なるほど、まずは人間観察が必要ですね。それでもって見る目を養うのも一挙ですね。
5.

人間はさまざま。100人居たら同じ人は居ないと思います。その中で大昔からの自己防衛本能を持った方もおられます。自分の心が危険と思うならその自分自身が感じた事を大切にされるべきだと思います。
又、自分を守れるのは自分しか居ないと言う事を知っておられることを感じております。
私自身の場合話して広めて欲しい場合は口の軽い方に話します。言って欲しくない事は、口の堅い方にお話します。
誰でも、自分の中だけに留めて置くには、無理が有ると思われます。話す事で気持ちが楽になる。明日は何が有るか解らない今の日本。一日を大切に生きてください。それと、自分を信じることです。
そうですね。つい身近にそういう人がいるから戸惑ってしまいました。他人なら、よく観察してそれから結論を出せばすみますしね。もっとも、経験不足で当てが外れることはよくありますが。
6.

私は農業分野のコンサルタントをしています。私の話を聞きかじった人がある小さな集会でそれを話題にし、不評を買った時に、私の名を出したことがあります。勿論私はそこにはいませんでした。コンサルタントなどをやっていますと、このようなことが多くあります。
長くなりましたが、自分が正しければ一つ一つを消して行くしかありませんね。
また、私が逆のことをしている場合があります。これも一つ一つ謝るしかないと思っています。
人を見分ける自信がなく、また、自分が何をしでかすか自信がないので、このやり方をとっています。
大変な人生を歩まれたのですね。世の中の厳しさがひしひしと伝わってきます。
7.

お仕事柄や、趣味・人柄等などで「いろんな人に出会う」機会は
千差万別(出会う人数も)と、言えるかと思います。
『 一期一会 』・「会うは、別れの始め」等代表的な
出会いの“ 様子を表現 ”したものだと、思います。
そこで、出会いの場面・場面で「挨拶程度」から
「人生を語る」・「縁組して家庭を築く」に至るまで
数え挙げたら、キリが無いかとも、思われます。
『 思い付きで物を言う・・・言葉を、吐き出してしまう 』
一旦吐き出した言葉(何気なく、言った言葉も)、事と次第に
よっては、取り返しが付かない(ことが、しばしばおこる)。
案外と「日常生活の中で起こっている」から、やっかいである。
私はお陰様で今日まで「長い人生」を、送らせて頂きました。
『 物を言う・・・言葉に出すこと 』人間社会においては
必要・不可欠(世捨て人は、別であるが)である。
つまり、「人と、会話を余儀なくする」・・・話す事が必要
「旨い話し手は、“ 聞き上手 ”」と、評されている。
「叱るよりも、“ ほめる ”方を」多くしなさい・・・と。
『 人の悪口や“ 陰口(本人のいない所で)言う ”』は
厳に「慎む」事が、昔も・今も変わらないと、信じています。
私は「会社勤務」の折に、取引先の関係者から「社長宛に」
「あの担当者は、口が堅くて困る」と申し込まれ事を
後日談として「社長から、直接聞かされた経験」の持ち主
今でも変わらずに「口の災い」からは、縁が薄いと
感謝しながら、日々を暮らしています。有り難く、思っています。
職場ではいろいろな肩書きや年代の人がいるだけに人間関係もより複雑になりますね。でも、その中で失敗を繰り返すたびにそれが生きてくるものだとうかがえました。
8.

何事も経験だと思われます。
失敗は成功の元と考えて、余り考えすぎない事。
人生半世紀生きてきてそう感じました。
今は気楽に生きています。
そうでもしないと、大変な時代ですからね。
コメント(5)
一般論だけを書いたので、私個人の事も書いておきます。
プライベートな事柄に関しては、他の人にばれてもいい事を前提に、人を選んで話す事があります。
仕事上の事に関しては、どんな事をしているかは別として、何をしているかは家族や友人には話しません。同僚やチームのメンバーと、オフィスの外で仕事の内容を話す事もありません。
同業の人と話すときは、自分の仕事の話しはしないし、相手の事も聞かないけれど、業界うわさ話はガンガンします。でも、聞いた事を信じるかどうかは、また別の話です。
>決して自分の秘密は父母のどちらにも言わないように気をつけています。
決して言わないというのは人間関係上よくないのでは?それなら逆手にとって自分の都合のいい「ウソ」を吹き込んでおくというのも1つの手ですかね。ウソでもホントでも広まるわけですから。彼氏彼女ができたことを隠したいのなら、差しさわりのない言い訳的なウソを自発的にこちらから吹き込んでおくと相手の中ではそれで納得してそれ以上突っ込まれる場面もないのでは?
例えば、共通の友人の彼氏彼女でよく相談に乗っててこっちは色目を使ってるけど向こうは全然そういう関係で見てくれないとか。ほんとは付き合ってるのにw
まあ、正確に言えば、全てではなく、知られて反対されそうなことだけを言わないということでした。
よく考えたら、何もかも言わないことは不可能ですしね。それをいかに使い分けるかが課題ですね。
ベターありがとうございます。
当人は結構KYでやってきたのですがどうも妻子(4人)が大変でした。すまないなあと思っているところです。
皆さん、今回もいろいろな回答をありがとうございました。明日の夕方以降あたりに締め切らせていただきますが、それまでに回答・コメントがあれば是非書いてください。





