霊が存在していると信じてる人に、存在していないという事を理解してもらうにはどうしたらよいでしょぅか?
霊が存在していると信じてる人に、存在していないという事を理解してもらうにはどうしたらよいでしょぅか?霊に限らず、「存在している」という証明は、そのものを提示する事で可能です。
逆に、「存在していない」という証明は、存在するという可能性を消去法でつぶしていくという方法しかないように思えます。
時間をかけて消去法で説明しても、存在していると信じている人は必ずこう言います。
「科学では説明つかない事もあるんだよ。」
このような人に有効な説明方法をご存知の方はいませんでしょうか?
回答(6)
1.

正論です。
>「科学では説明つかない事もあるんだよ。」
科学が進歩したとはいえ、事実。
「霊が存在しない」ことを証明するのは「霊が存在する」ことを証明する事と同じぐらい難しいのではないかと個人的には思うのですが
以前「霊的」とされていた現象が検証・研究されることにより
次々と科学的に解明されている点を武器に、その人を地道に説得し続けるのが一番だと思います。
たくさんのご回答・ご意見を頂きましたが、質問に対する回答としては万年床生活者さん(正確には「全角スペース万年床生活者さん」)がベストだと思いました。
ありがとうございました。
2.

参照先の文中
「否定する側が全ての可能性を反証しなければならないというのは不合理」
というくだりを見て、思わず涙が流れそうになりました。
ご紹介ありがとうございました。
3.

それは何らかの確証があるから存在しないと言っているわけではなく、存在したら怖くて夜トイレに行くに困るのでいて欲しくない、というだけの事なのですが。
ですが、霊が存在する、という方に、いないという事をわかってもらおうとは思いません。
逆に本当は霊は存在するのに、自分が理解できないだけかも知れませんし。
例えば、可能性として微弱な既知のエネルギー(ある種の電磁波とか?超音波とか?)を感じることができ、そのエネルギーの量や質の違いで、脳で映像化できる人がいるとします。イルカとか超音波で会話するらしいので、人間でもそういうのを感じ取れる人がいても不思議ではないかもと。
その人がそれを霊と呼び、霊は存在する、と言われると、凡庸な脳みその持ち主である私にはそれが認識できないだけなのかもしれません。
また、現在の科学では存在を認識する事のできないエネルギーの体系があり、それが霊、と言うものなのかもしれません。数年後にある天才科学者がそのエネルギーを科学的に証明し、なるほど、このエネルギーレベルが高くなると、可視化されて霊に見えてたのね、という話になるかもしれません。
そういう事を考えていると、霊は存在する、という方を説得しようとは思えなくなったりします。
「うーん、いるのかもしれないし、いないのかもしれないねえ。」と思います。
別に霊はいてもいいんです。
私が夜トイレに行く時に出てこなければ。
可能性という事で考えれば、当然、現存するすべての法則が真実であるとは限りません。
ですからクエンさんのおっしゃるように、理論的に考えればこそ、霊の存在を完全否定するのは驕った人間の愚行なのかもしれません。
しかし、怪獣や妖怪や魔法なども存在する可能性があるでしょうか?
これらがNOの場合、なぜ霊だけは存在する可能性を許してしまうのでしょう。
それは、自分自身と重大に関わっているからだと思います。
そうあって欲しいと思う心が、理論的思考に例外を作ってしまうのだと思います。
それらすべてを考慮された、すばらしい回答です。
4.

単なる議論なら、唯物論でも観念論でも不可知論でも夜通しされたらいいと思いますが、霊魂商法や怪しげな宗教団体に相手の方が嵌まっているときは、言葉では余計頑なになるでしょうから、裏を取るとか強行手段が必要になるでしょうね。
緊急でもないようですから、こちらは無いと思いますが。
妖怪や魔法と違い霊の考えは日本人の生活に溶けこんでいる部分があります。
お彼岸に祖先の霊が戻ってくるから墓参りをしたり、仏壇を拝んだり、四十九日や法要はすべて先祖霊の供養の行事でしょう。
霊の存在を認めてないからといって、これらの行事を全く拒否しますか?
つきあいで参加するだけでも、少しは霊の存在を認めている人に妥協しているのかと思います。
私は先祖霊に関しては100%不信人間なので、手を合わせて拝む行為がとても嫌なんです。
友人との単なる議論ですので、このまま相手に納得されなくても、ご心配頂いたような実害はありません。
>霊の存在を認めている人に妥協している
これはちょっと違います。
墓参りや法要は、先祖を敬い弔うという行為であって、決して霊的な属性を含んだものではありません。
葬式などもそうですが、それらは故人の為ではなく、遺族の為に行う心のケアです。
ですから、霊の存在を否定しても、お墓や地蔵に小便をかけたりする事はできません。
それはバチがあたるというような理由ではなく、それらが敬う対象であるからです。
霊魂商法等の助言ありがとうございました。
5.

昔、生きた英語に触れたくて、聖書の勉強ということにして我々有志の元に毎週一回キリスト教のアメリカ人牧師に来て頂いていたことがあります。毎回、聖書のページをめくりながら説明を皆で聞きました。ある時、牧師さんから「あなたは神を信じますか?」と聞かれましたが、私は正直に「神が本当にいるかどうか分かりません」と答えました。そうしたら、「神を信じなさい。そうすればあなたは救われるのです」と言われました。その時、「どうして神が存在すると思えるのでしょう?}とお聞きしたら、信心深いこの牧師さんが非常に不愉快そうな顔をされました。このとき、信じている人の信念を疑うような乱暴な議論をしてはいけないと知りました。
要するに、霊を信じている人に霊は存在しないと納得してもらうには本人がそのことを自分で発見するしかない、あるいは周りはそのように仕向けるだけしか出来ないと言うことと思います。霊が本当に存在するか、存在しないかは私自身良く分かりません。とは言え、困ったときには「神様、いらっしゃるのならお助け下さい」とは言います。
>納得してもらうには本人がそのことを自分で発見するしかない
後世に残したい名言です。
牧師さんが言い放った「神を信じなさい。そうすればあなたは救われるのです」これは正解と言えるのではないでしょうか。
なぜなら、救われるのは生活ではなく心だからです。
すばらしい名言をありがとうございました。
6.

わざわざそのニックネームを取ったのですね。
「自信度 : 自信あり」がちょっと可愛かったので10ナレ。
コメント(6)
ベターどうも。野比さん殊勝ですね。
個人的には、「存在する」と信じて疑わない人からの回答も期待してしまいます。
ご先祖様とか、いわゆるスピリット(指導霊)の存在の有無はこれからの世の中の流れからすると信じる方がすっきりする事例・事象が増えて行く様ですので、楽しみにしている一人です。
科学的に、存在する証明をしようと、始まっているようですよ?(笑
スピチュリアルな観念がだんだん世に浸透していく過程でこういう質問も増えて行くのでしょうね。
もしまじめに議論するなら、「霊」を定義することから始めた方がよいのではないでしょうか。
#再帰的定義になるでしょうか。
ベストありがとうございます。
他の方の豊富な知識と経験に基づく秀逸な回答が多数あるにもかかわらず、本当に私でいいのか、と少々戸惑いも…。
難しい質問でしたが、調べ物(検索)はあえてせず、自分の乏しい知識のみを頼りに直感的に回答した点を評価していただいたもの、と考えております。
どうもありがとうございました^^
※私の【全角スペース】に言及したのは、今までにたった一人しかいなかっただけに、驚きとともに、野比さん、大物の予感…。
マジメにコメントしてしまいましたが、本音を言うと
>>6 が最高に面白い。
ちなみに神様はココにいます↓
http://knowledge.livedoor.com/4631



