回答(4)
4.

『知ったかぶりは「知ったか振り」と書きます。
これは文語「知りたるがごとき振り」からきています。この「が」が平易に発音されるように音韻変化で「か」になったのだと思いますが、この「が」には格助詞として次の用例があります。
〈連体修飾句と「ため」「故」「ごとし」などの形式名詞的な語にはさまれた形で〉連体修飾格を示す。文語的な格調を添える』
「知りたるがごとき振り」から分化して「知った振り」や「知ったか振り」が出来たとしたら、私的にはなかなか納得出来るものです☆
(コメントでは江戸に拘った辺りでわからなくなったのかも)
古語辞典で「知ったかぶり」が無いところまでは一応確かめていたのですが。
「が」が「か」に音韻変化したという例が他にもあれば私も納得しそうな文例ですね。
真相はまだ分りませんがこれで解決といたします。
1.
『この語は、「日葡辞書」には「シツタブリまたはシツタフリ、シツタフリヲスル」とあり、中世末にすでに見られる。しかし、「知ったかぶり」と「か」を入れた言い方は、江戸ことば以来のものである。』
元々あった「知ったふり」ないしは「知ったぶり」の「知った」の後に江戸時代に「か」が 入ったようです。
では、この「か」は文法的にはどう説明するかですが、どうも定説はないようです。ひとつには、「不確実や疑いと表す副助詞」とする考え、別には「やはり疑いを表す終助詞」という考えがあるようです。
2.
3.
「知ったか振り」の「か」に付いては反問や疑問を強調する「知るもんか」のかと一緒です。
コメント(25)
>>1 「副助詞」の「か」と「終助詞」の「か」の例を挙げておきます。
「副助詞」の「か」の例:
・何と思ったか、返事もしない、
・あるとかいう話だ、
・行くか、行かないか決めて欲しい。
「終助詞」の「か」の例:
・これは虫かね、
・そんなことがあるか。
ご質問の『知ったかぶり』は『さも知っている「か」のような振り』という使い方だと思います。
>>1
http://kotobakai.seesaa.net/article/8173819.html
このサイトの紹介ですね 該当の本を読んでみましたが文庫本半ページに満たず、それ以上のことは何も触れられていません。
言葉が短く省略される例は多々あっても、
先に「知ったぶり」という成句が有って後から助詞の「か」が入って来た、ということと
>>#1 >さも知っている「か」のような振り が
「知ったかぶり」になったというのでは説明になっていません。
>>2 ケブリがカブリに変化したものだと思うよ
そうですか。語感が似ているからそう’思った’ と。
>>3 確かに得意分野でもないことにまで知ったかぶりをする人もいるでしょうが冷笑されていたりします。
>反問や疑問を強調する「知るもんか」のかと一緒です。
意味不明。どこが一緒なのでしょうね。
「知ったかぶり」を大辞典で見ると、ときどき使用例で漱石の”猫”の
「あながち主人が『知っ高振り』をした訳ではない」というのが出てきます。
なぜここで「高い」という字が当てられているのか?漱石のこだわり?
「高い」を高ぶる=思い上がった態度をとる、というつもりなのでしょうか。
知ったかぶりの意味で他に「知っていることを得意がる様子」というのもあって、その意味なら高いという字を当てておごり高ぶるとしてもおかしくはないかもしれませんが、他では「高」は見ませんしね。
「知った振り」では仮名垣魯文の「知った振りをして、おりおりはじしめられても~」が上げられていて、どちらも明治の作品です。
つづき
辞書には、知ったかぶり/知ったぶりともいう、となっていても、今は「知ったぶり」は使わないので遡ると
「江戸時代語事典」には「知ったかぶり」はなし。
「江戸語大辞典」では「知ったふり」「知ったぶり」などがあり、「知った顔」「知った自慢」という言葉も有りました。
「江戸っ子語大辞典」では「知ったかぶり」がありますが、この『江戸っ子』は江戸時代から現代の東京までの広い範囲なので、いつ「か」が入ったかはわかりません。
ということで結論。「か」はわかりませ~ん。
>>#2
#1のコメントは「そうなった」という説明の積りではなく、「そういう意味の使い方でしょう」というだけの単なるコメントです。
回答や#1に説明の(現代も残る)こういった「か」の「疑問を表す」助詞は江戸時代には存在したと聞くので、それ以前にあったと言われる「知ったふり」ないしは「知ったぶり」の「知った」の直後に江戸時代に「疑問の気持ちを強調したいと、疑問の気持ちを表す助詞の「か」が入ったのではないか」というのが回答1に書いた推測(の積り)です。あくまでも個人的な推測であり、正しいかどうかは私には分かりません(定説がないとすれば、定かには分かっていないということなのでしょう)。
>>1, #7
『江戸ことば・東京ことば辞典』(松村明著、講談社学術文庫)に、
『「知ったかぶり」と「か」を入れた言い方は、江戸ことば以来のものである。』
と解説されているということは、「東京ことば」でなく「江戸ことば」とされているのだから、『江戸と呼ばれた時代に「知ったかぶり」という言葉が出来た』と書かれていると理解するのが自然ではないでしょうか?
なお、松村明氏は信頼にたる方だと思っております。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9D%91%E6...
>>#7
元が『さも知っている「か」のような振り』というのはまず誰でも思いつくものですが、助詞の例2つのあとで「か」を強調するとそれがさも助詞であるとも取れたのですが '単なるコメント' であったのなら失礼しました。
しかし疑問を表す終助詞とするなら、なぜ普通文末に付く終助詞が単語の途中に入ったかの不自然さが拭いきれません。
>>#8
既に書いたように私はその本を見ています。
新聞の題字の下に連載されていたものを集めた本で軽い読み物としては面白いといえる。
短いコラムなので十分なことは書けなかったでしょうが「特に語源についてははっきりしないものも多いのであるが、それも比較的穏当と思われる説について一通りの紹介をしておく」とあって「知ったかぶり」に関しても日葡辞書で中世からシツタブリ等あったこと、江戸ことば以来「か」をいれた、という回答1の引用記述のとおりでそれ以上のことは書かれていません。
人物に関してはもちろん同じことが本の最後には載っているので確認済みですが、肩書きや履歴で信頼性を求めるのではなく自分が納得出来る答えが得られるかということです。
>>#11 また回答1ですか。(嘆)
>この「か」は文法的にはどう説明するかですが、どうも定説はないようです。ひとつには、「不確実や疑いと表す副助詞」とする考え、別には「やはり疑いを表す終助詞」という考えがあるようです
ということは定説はないが、知ったかぶりの「か」については何処かに2つ考えがあるようで(推測?)終助詞は否定されたようなので、副助詞にしておこうということですか?
>>#1の副助詞の例文は先の2つは不確実の「か」 3つ目のは並列の「か」ですが例としては不要ですよね。
或は「か」という助詞に定説が無いということですか?
文法的には明らかにされているはずですが。
私は副助詞でも終助詞でも、助詞が「しったぶり」という言葉に後から挿入されたというのにはしっくり来ない、と感じます。
#11は、また'単なるコメント’でした?
>>4 さぁ?知りたるかの、は う~ん。。
過ぎたるは及ばざるがごとしの「が」が同じ感じでしょうか。
何度も繰り返していると言葉ってだんだん言葉として認識されなくなってきて一つずつの品詞に空中分解され更にもっと小さな単位にバラバラになっていくような‥
わしは、知った気をする振り→知った気(け)振り→知ったかぶり
と答えたのだが、たんなる"語感"ととられてチョン、か・・・。
言葉というのは文法を考えながら発するものでなく、人毎に違う発音
が次々と伝播して定着する方面に切り口を求めたのだがね。
>>#14 そういうことは有りますね。普段聞き慣れた言葉でも何度も繰り返していると意味が取れなくなるという経験は有ります。
>>#15 >知った気をする、
そもそもそういう言い方は有りますかねえ?
知った気になる、知った気でいるなら有りますが。
「気振り」というのは、それらしいようす、気配、そぶり、兆候、サインを示すもので、「知ったかぶり」のように批判的揶揄を込めた意味合いは有りません。
あなたが言葉について語る資格があるかどうか、以下のコメントで批判されているのに気が付かないのか、知らんふりをしているのかどっちだろうね?
http://knowledge.livedoor.com/50185
http://knowledge.livedoor.com/50171
百も承知。
知った言葉は堂々と使う。
そもそも「癲癇」は医学用語である。
>>#17 「知った気をする振り」は却下ということで良いのですね。
癲癇は症状を表す言葉ですが、そこではなく「頭に草鞋を載せるのはテンカン発作の妙薬とも言われていた」についてです。
癲癇の持病のある人でも、それを聞いた人でも、迷信であれ病気の治療に草履を頭に乗せると言われていたと聞いてどういう気になるかわからないか?
>知った言葉は堂々と使う
使ってよいかどうかを判断するだけの能も神経も無いなら使わないことです。
そういう方は以後私の質問には回答コメントを固くお断りしますのでよろしく。
頭に草鞋…は旧文化です。知らなかったでしょう?
しかし、ここは「知ったかぶり」を議論しているのであって、話を横道にそらすべきではない。
そういうことは止めましょう、というコメがどこかで述べられたはずです。
>>#20 もちろん知っているから言っているのです。
今の時代に使わなくても親や祖父母から聞いたという人もあって当然です。
その他にも根拠の無い迷信俗信都市伝説はいくらでも聞いています。
まちがった旧文化なら今更ほりおこして、また人に不快感を与えてどうするのですか?
「知ったかぶり」に関しても知ったかぶりをして撃沈したのだからよりよい回答が思いつかないならもうコメントも必要ないでしょう。
>>#19の真似をして簡略に「同上」といたします。
「そういうことは止めましょう」というのがどういうことか計りかねますが、立ち入り禁止に関しての事ですかね。それ位の自由は許していただきましょう。
回答の4で納得出来そうなのですが、裏付けがないもので正解とするには難しいので蔵入りになった際はご容赦下さい。
>>#22 もちろんです。これが正解としてあとあと残ってしまうとまずいかも ^^;
解決しているものでもオイオイこれでベストでいいのかぃ?ってのも見かけますが質問者さんがわからなくて聞いているのだから、合ってるかどうか判断出来ないのもしかたないですね。
>>#21.
わたしも同上です。
活動の暇がなく退会しましたが、者会「波の会」元会員です。
患者であるというだけで差別された時代があり、それはいわれのない迷信や誤解によって、わたしたちは苦しめられてきました。
就職に苦労したり、結婚や出産を諦めた人もいます。
>>#18.
簡潔にまとめてくださり、ありがとうございます。
>そういう方は以後私の質問には回答コメントを固くお断りしますのでよろしく。
心の奥ではわたしもそう思っています…
