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江戸時代の町方同心について
江戸時代の町方定町廻同心は、どんな生活をしていたのでしょうか?巡廻に出ていたのは、いつごろの時間帯だったのでしょうか?
2006-05-21 23:28の質問
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回答(1)
1.
2006-05-22 08:51:37

定町廻同心とは
法令の施行を視察し、非違を監査し、犯罪の捜査、逮捕をする役で、現在のパトロール警官です。
その定員は一町奉行所にわずかに6名で南、北町奉行所で12名。臨時廻同心も同数であるから合わせて24名、これで江戸府内を巡回していました。
この人数で受持区域を持ち、常時廻っても、手が足りず、奉行所非公認の岡ッ引・下ッ引が動員されるようになります。
また同心は奉行所の半黙認と言う形で小者と言うものを連れています。
小物は、始終同心について歩き、同心の宅に寝起きしている場合も多く、また給金は同心からわずかながらもらっていました。
安い給金でも働いたのは、小者になることによって、町の中での顔が利き、何かと付け届けがあり、意外と役得があったからです。
公認の使用人でないため、本来は十手を持つ資格はないのですが、捕物の手伝いとして臨時に貸し持たせていたようです。
この「江戸の24時間」という本の中にはドキュメントタッチで同心の24時間に付いてものっているそうなので、興味があるなら見てください。
法令の施行を視察し、非違を監査し、犯罪の捜査、逮捕をする役で、現在のパトロール警官です。
その定員は一町奉行所にわずかに6名で南、北町奉行所で12名。臨時廻同心も同数であるから合わせて24名、これで江戸府内を巡回していました。
この人数で受持区域を持ち、常時廻っても、手が足りず、奉行所非公認の岡ッ引・下ッ引が動員されるようになります。
また同心は奉行所の半黙認と言う形で小者と言うものを連れています。
小物は、始終同心について歩き、同心の宅に寝起きしている場合も多く、また給金は同心からわずかながらもらっていました。
安い給金でも働いたのは、小者になることによって、町の中での顔が利き、何かと付け届けがあり、意外と役得があったからです。
公認の使用人でないため、本来は十手を持つ資格はないのですが、捕物の手伝いとして臨時に貸し持たせていたようです。
この「江戸の24時間」という本の中にはドキュメントタッチで同心の24時間に付いてものっているそうなので、興味があるなら見てください。
大変わかりやすい説明ありがとうございます。
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