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浪人の身分について質問です。
江戸時代などで、主君をなくして浪人となった人が、町人になったり、与力同心の小者となるなど、自分から身分を落とすことはできますか? また、その場合は苗字帯刀の権利はなくなるのでしょうか?
2006-05-22 23:05の質問
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回答(3)
3.
2006-05-23 21:38:41

幕府の大名廃絶政策によって浪人は増え続け、家光の晩年にはその数は50万人にも達しました。
浪人となった時点で士籍(武士としての身分)は失っているので、町人や農民になる者もいましたが、大部分は浪人のまま困窮の中で暮らしていました。
また浪人でも苗字帯刀は許されていました。
帯刀を禁じるのは1668年の禁止令からで、刀を差して歩いてはいけないが、自宅に置くのは構わない。
また刀は駄目でも脇差なら良く、町民でも護身用に脇差を帯びることはありました。
浪人となった時点で士籍(武士としての身分)は失っているので、町人や農民になる者もいましたが、大部分は浪人のまま困窮の中で暮らしていました。
また浪人でも苗字帯刀は許されていました。
帯刀を禁じるのは1668年の禁止令からで、刀を差して歩いてはいけないが、自宅に置くのは構わない。
また刀は駄目でも脇差なら良く、町民でも護身用に脇差を帯びることはありました。
なるほど、すっかり浪人=武士と思っていました。ご教授ありがとうございました。
1.
2006-05-23 10:40:33
武士の世界では[家]がすべてですから長男に生まれなかったら悲惨です。あとは[厄介者]ですから。しかしその厄介者は長男予備軍でもあります。例えば遠山さえもんのじょう影元いえば遠山の金さんだが町人になろうと思って刺青をしたらしい。
彦根の井伊直弼さんもかなり兄弟がいたらしいし、八代将軍吉宗も確か4男坊でしたね。上に立てた人は良いけどそれ以外の武士例えば東海道五十三次の初代安藤広重は元は江戸詰めの武士、近松門左衛門も武士、俳句の松尾芭蕉も武士と時代が下れば武士から町人になった人は居るようですよ。
坂本龍馬の親は武士の下士(上士もある)をお金で買ってます。
一般的には江戸の後期には武士の観点から見れば身分制度が崩れかかっていたと思います。
答になってなかったら御免なさい。
彦根の井伊直弼さんもかなり兄弟がいたらしいし、八代将軍吉宗も確か4男坊でしたね。上に立てた人は良いけどそれ以外の武士例えば東海道五十三次の初代安藤広重は元は江戸詰めの武士、近松門左衛門も武士、俳句の松尾芭蕉も武士と時代が下れば武士から町人になった人は居るようですよ。
坂本龍馬の親は武士の下士(上士もある)をお金で買ってます。
一般的には江戸の後期には武士の観点から見れば身分制度が崩れかかっていたと思います。
答になってなかったら御免なさい。
2.
2006-05-23 16:19:54
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