愛国心: そもそも何でしょうか?
政府は「教育の憲法」とも言われる「教育基本法」を近々に改定し、「国民に愛国心を持たせたい」としています。ちょっとこの問題について考えてみましょう。では、「愛国心とはそもそも何」でしょうか?(政府案では、「我が国と郷土を愛する態度」とされているようです)。政府案でいいのでしょうか? 戦後世代は持っていないのでしょうか? それは国会で大騒ぎするほど重要でしょうか?
特に、愛国心とは何かについてご意見をお聞かせ下さい。
回答(12)
2.

定義です。
イメージ先行で実がはっきりしていないような感じがしますし、
特に諸外国と比較すると「愛国心」の意味や背景が異なり、温度差も
あるような気がします。
義務教育の公立の学校の各教室に国旗を掲げる国も決して少なくないと
思いますが、私が現在住んでいるオーストラリアも学校で「愛国心」教育は
当然として行われているようです。
原住民はいても、移民して来た先祖が苦労して形成した国家であり、
先の大戦では日本の侵略という脅威に対抗して勝利した国という
誇りが背景にあるように思います。
東西ドイツが統一される前の話でしたが、アメリカに留学した西ドイツ人が
ナイトクラブ(ディスコ)で盛り上がってくると当たり前のようにアメリカの
国歌が流れ、客がこぞって手を胸に当て大合唱になるのが信じられない、
ドイツではあり得ないのでびっくりした、という話を読んだ事があります。
敗戦国として「愛国心=国粋主義=過去の戦争=侵略や虐殺等の酷い過ち」
という考えがあり、現在のドイツでも国に対する誇りとのジレンマが
続いていると最近別のニュースで読みました。
日本もドイツと似たようなジレンマがあると思います。そして、
「日本」を意識せず、国に関心を持たずとも生活できてしまうのが
現代日本の社会だと思います。ですから、国際的にみれば
日本では国民の間に「愛国心」の不在が感じられると思います。
それを教育の指針として、政治の側から押しつけ的な「愛国心」と
するので国内で反発があるのではないかと思いますが、
自分の生まれ育った地域や国の歴史を様々な角度から学び、
日本全体を皆で前向きに良くして行きましょう、というような
愛国心なら右も左も賛成してくれそうだと思うのですが・・・。
沢山のすばらしい回答がありベストを選ぶのに迷しましたがAldiさんのご回答をベストにさせて頂きました。「国民の間に「愛国心」の不在が感じられる」、「自分の生まれ育った地域や国の歴史を様々な角度から学び、日本全体を皆で前向きに良くして行きましょう、というような愛国心なら・・」には同感です。余談ですが、大戦後のドイツと日本では戦争の反省と言う点で雲泥の差があったと思っています。ドイツでは戦後直ちに自己反省し、戦争責任は戦後世代も含め全国民で取ろうとしました(日本は村山内閣まで国としての反省ができませんでした)。ご回答ありがとうございました。
1.

これが愛国心だと思いました。日本に居て急に愛国心と言われてもピンと来ません。
そういう気持ちは大切にしたいものです。回答ありがとうございました。
3.

と言うからには 国 とは何かから考えないといけません.
日本人が集まって 日本国 を作っています.
国というのは人が集まって便宜上作っているものに過ぎません.
国を村や市や県と置き換えてもいいでしょう.
そして日本国は民主主義です.
つまり主体は民=人にあります.
こう考えると,国を愛するココロとは,すなわち自分達を取り巻く人たちを愛する心になるのでしょうか.
どうも,権力を持つ人々の都合の良い心情を持たせる事を愛国心を育てるなどといった方向性もままみられるので,そっちにいくとどうも間違ってるのではないかと思えてきます.
「国を愛するココロとは,すなわち自分達を取り巻く人たちを愛する心」、賛成です。コメントありがとうございました。
4.
「家族愛」→「家族を愛すること」
「愛しているから守れる」のです。
「守るための心」を育てれば、子供によるいたましい事件が減るような気がします。
5.
愛は求めるものでなく、与えるものである
という言い古された言葉を借りれば、最近の国の動きには違和感を覚えますね~。
北の方でやんちゃな国が騒いでる昨今ですから、それに伴って自然と「国を愛する心」が湧いてきた、というのなら分かるのです。
が、最近の”愛国心”騒動はそれとは違い、国が「愛して欲しい」と求めているような気がします。
異性のそれと同じで、双方が「愛してあげたい」と思っているうちは幸せですが、どちらかが「愛してほしい」と強いるようになればなにか違和感を感じます。「愛してるなら形で示して」とかになってくると…なんか重いですよね…。
仮に異性であれば「重いから」と立ち去ることもできますが、海に囲まれ言葉も特殊な日本ではそうもいきません。
なんやかんやいいつつ、周辺に比べたらインフラも整備され治安も良い国です。それなりに良い国なんだから、愛を強いるような重たい国になって欲しくないな~、と個人的には思います。
6.

自分の国を愛し、国の名誉・存続などのために行動しようとする心。祖国愛。
つまりは国を思えばそれでおkというわけです。
自衛隊志願者などは愛国心の塊じゃないでしょうか。
行動力ありますね。
まぁ私は国のためなら戦場に行ってもかまいませんが。
「国のためなら戦場に行ってもかまいません」に感じ入りました。同時に相手の国のことも考えましょう。ご回答ありがとうございました。
7.
ということに極論では行き着きます。
しかし幸か不幸か日本では
個々が大事
という文化が根付いてしまった為、政治家さんが
ちょっと軌道修正したいのか、
一部の団体が軌道修正したいのか?それは議論しても仕方ない・・・
8.
候補へ「一票」を投じることが出来る環境を
得られること、また義務や権利を果たしたいなぁと
思える国になることこそだと思います。
そこで国会議員においては
自分が当選した選挙区での投票率と同じだけの
任期と給料でしっかり勤めてもらい、きっぱり
辞めてくれる事を公約にした法律や政党があっても
いいと思います。
愛国心とは関係なく、
投票率=任期 ならいいのになぁって
よく思うんですけどね。
9.

正直、素直に回答すると、愛国心とは、
国の発展を思い、助け、一心不乱にそれに取り組む、
そこに、利権は無く、貢献するということではないかと、
私は思います。
あっている、あっていないは別ですが、私個人の
意見として言えばというのが前提ですがね。
極論的には、「私は日本という国を愛している」と言えば、それは愛国心があるということになるのではないでしょうか。
言うのは簡単ですが、言葉でのみ伝えるというのはそのようなものです。
たとえ、行動が伴わなくてもね。
でも世論を動かすほどの説得力は無いですね(苦笑)
「愛国心とは、国の発展を思い、助け、一心不乱にそれに取り組む、そこに、利権は無く、貢献するということではないか」、同感です。ご回答ありがとうございました。
10.
国って人の集まりですよね?
何かしらの理由があった集まってきた人の。
なので、愛国心とは自分と同じように、
何かしらの理由で集まってきたひとびとを
愛する事じゃないかと思います。
11.

「愛という美名の下に、国民に何かを押しつけようという魂胆が隠されている」、と思います。
何かとは? 権力を持った人の考える利己的な思想を、幼い頃から国民に植え付ける事でしょうか。
私は小学校~数人の教師の思想・偏見に問題を感じていましたし、担任自身も指導要項(?)への不満を述べていました。
私は『日本』に生まれて良かったと思うし、『日本』という国の文化や自然が好きです。 でも『国』や『国家』に忠誠を誓う気も無ければ、何かに隷属している訳でもありません。
人・人間も、動物の様に生きられれば、と思いますね。 渡り鳥は海を越える。魚は大海原を自由に泳ぐ。陸上の生物は季節によって生息地を替える。
「最後の国境は人の心の中にある。」
誰かの小説に、こんな言葉があるらしいです。国境を作るのは人間だけでしょうね。
人間である前に、ひとつの生命でありたい。自分はいつもそう願っています。
興味深いご指摘とご回答をありがとうございました。
12.
別に愛国心がなくてもちゃんと税金を払い、法律を守り、義務教育時はちゃんと勉強する。それでいいとおもいます。
コメント(15)
国旗が重要なヒントだと思います。
愛国心と国旗というのは強く結びついているかもしれません。
愛国心がないとされる日本人からすると、国旗がどうしたという感じですね。
近隣諸国で反日運動などがあると、日本の国旗や首相のコラージュ画像が燃やされたりします。
それを見ても、正直なーんとも感じないのが日本人です。
最近は記念日や祝日に、国旗を掲げる家庭はほとんどない気がします。
公共のバスなどが車両の先頭に、申し訳程度の小さな国旗を掲げているのを見るくらいですね。
他の国ならば、自国の国旗が引き裂かれたり、燃やされたりするのを見たとき、カーッと熱くなるものがあるのではないでしょうか。
平和と投票率は反比例します。
国の政治に関心がなく、投票率が低いのは、それだけ平和だということです。
同じように、愛国心にピンと来ないのも、日本がそれだけ平和だということでしょうかね。
>>2aldiさん
>自分の生まれ育った地域や国の歴史を様々な角度から学び、
>日本全体を皆で前向きに良くして行きましょう、というような
>愛国心なら右も左も賛成してくれそうだと思うのですが・・・。
この部分同感です。
>>3rayさん
>どうも,権力を持つ人々の都合の良い心情を持たせる事を愛国心を育て>るなどといった方向性もままみられるので,そっちにいくとどうも間違って>るのではないかと思えてきます.
同感です。
上 変なところに「>」が入ってしまいました。「>」←途中のは意味ありません。
もし日本が武装国家になって志願兵を集めるときに、自ら幾野は愛国心になりますか?
(そもそも武装国家になったときに「志願兵」というのはおかしいのですが、そこはスルーで)
すみません。もう少し時間を下さい。
私は真っ先にアンブローズ・ビアス著『悪魔の辞典』を思い浮かべたのですが。
名君・上杉鷹山の言葉「伝国の辞」を引用している方の文章を見ると、やはり熟考すべきと思いました。
自分なりの言葉で回答したいと思います。
>>#5YAMI-さん
そうなって欲しくはありません(絶対に!)
特に母としての気持ちでは(何・・・!
愛国心は武装して戦う事だけではないと思います。
どのような状況下でも、違った意味(考え方)の愛国心を持っている方々が存在します。(たいていは迫害されていますが・・・)
トラックバックのブログの方、気になりましたので一言。
質問を良く読んでおられないようですが
政府は「教育の憲法」とも言われる「教育基本法」を近々に 改定し、「国民に愛国心を持たせたい」としています。 ちょっとこの問題について考えてみましょう。とありますので、個人の愛国心の有無を問うているのではなく
愛国心の捉え方や定義について広く意見を募っているので
質問が無意味かのような指摘は的外れではないでしょうか。
また、回答がつく前の質問
http://knowledge.livedoor.com/9648に早々
トラックバックというのもいかがなものかと思います。
「愛」って何でしょ?解釈に広い幅のある言葉をわざわざ選んで法律に記載しようとするのは、その向こうに何か意図があると考えざるを得ないです。
もう一つの疑問は、なぜ「国」という単位にこだわるのか、ということです。「自分と自分の周りにある世界全て」が対象ではないのはなぜなのでしょう。
皆様にいろいろ貴重なご回答を頂き、またコメント欄で興味深い意見交換をして頂きありがとうございました。何人かの方をベターとさせて頂きました。皆さん、いろんなことを感じておられるのに感心いたしました。特に、suromiさんにはいくつもいいコメントを頂いたと思っております。
usaさん、中途半端な私の回答でしたがベストありがとうございました。
ご質問から様々な立場の方のご意見が読めて、私にとっても大変良い機会でした。
>>5のQ値さんのご回答が個人的にはベストです。w



